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中国滞在で得たこと/友は宝 信頼、誠実の大切さ/公明党参院議員 矢倉克夫

2021 . 03 . 26
日中友好の進展をめざして出版する日本僑報社(東京)の作品集『中国産の現場を訪ねて/忘れられない中国滞在エピソード』に寄稿した。そこで要約してお伝えしてみたい。

「中国に行こう」。米国の法律事務所で働いていた2005年、心が直感的に叫びました――「これからの世界を知るには中国を知らなければ駄目だぞ」と。06年6月、勇んで上海へ。タクシーの運転手に復旦大学の住所を書いた紙を手渡し、身振り手振りで何とかたどり着きました。

24時間すべて中国語、中国語、中国語漬け。学校に行く途中もベッドの中でも中国語。屋台で売っている3元(当時のレートで45円)の焼きそばを食べながら猛勉強でした。

時間があればバスで中心部へ移動。上海語と普通語が入り混じる車内が好きでした。人民公園では、中国将棋をしている人たちといつも会話しました。古きと新しきが同居した新世紀中国の胎動を現場で感じることができたことは、間違いなく私の一生の財産です。

07年に北京へ。法律事務所の職に就きました。合間に太極拳を踊ったり、カフェでゆったり仕事も。当時は建設ラッシュ。新世紀中国の胎動を感じました。のちに公明党衆院議員になった伊佐進一さんも当時、北京にいらして、よく火鍋をおごってもらいました。この恩は忘れません(笑)。

中国滞在の一年、中国を知り、世界を知り、そして人間を知りました。なかでも一番の宝は多くの友人です。彼らとはよく卓球をしながら(絶対に勝てませんでした)、会話をしました。中国語と日本語の“互相学習”をした毛さんの協力には感謝してもしきれません。

彼ら彼女らは、私にとって単なる友人というより同志と言っていいものです。というのも、ともに連れ立ったバスツアーで事故に遭い、生命の危険を乗り越えた仲間だからです。私たちが乗ったバスが山道を走行中、天候不順もあってガードレールを突き破り、下に落ちてしまいました。幸い、すぐ近くが土手だったのでみな助かりましたが、今思い出してもゾッとします。

私たちは、喜怒哀楽の極限を共有し、互いがまるで生まれる前からの友人であるかのような絆を感じました。以来、私が中国を語る時、常に心に浮かぶのは、彼ら彼女らの顔なのです。

13年、公明党参院議員に送り出していただきました。18年5月、日中友好議員連盟の一員として訪中。帰国後には来日されていた李克強国務院総理を歓迎しました。

私の中国経験から、国と国との語らいといえども、最終的に、同じ人間同士の語らいであるという信念を与えてもらい、外交に必要な根気と辛抱強さ、信頼と誠実の大切さを教えてもらいました。私を「中国に学びにきた外国人」から「同じ大地に根付く同じ人間」に脱皮させてくれたのです。

公明党青年委員長として、日中の青年たちの交流をより深め合い、一人でも多くの青年たちが、同じ人間として魂と魂の触発を豊かに語らい合うことを望んでいます。人間主義の外交を草の根レベルから広めたい。それが私の決意です。(やくら・かつお)

◆『中国産の現場を訪ねて/忘れられない中国滞在エピソード』(2600円+税)の購入申し込みは03-5956-2808へ。