公明新聞・東日本大震災10年特集公明新聞・東日本大震災10年特集

被災3県公明議員の⼿記

自宅失うも住民のもとへ
岩手・釜石市・山崎長栄議員

寄り添い続ける。

2021.02.11

被災状況の把握や避難住民の激励に走る山崎議員=2011年5月18日 岩手・釜石市被災状況の把握や避難住民の激励に走る山崎議員(右)=2011年5月18日 岩手・釜石市

 小雪舞う、寒い日でした。10年前の3月11日、経験したことのないすさまじい揺れに津波の襲来を直感。市消防団員の私は、市役所から水門の閉鎖に向かったのです。途中、巨大津波に追われるも間一髪、高台に避難。安堵もつかの間、そこから見えたのは、真っ黒な波にさらわれていく自宅のある片岸町でした。

 津波が引いた直後から、救援活動に奔走する日々が始まりました。

 2カ月後、被災者から次々と困り事が寄せられる中、津波で弟を亡くした女性から相談を受けました。「遺族に支給される災害弔慰金の手続きに行ったら、兄弟には支給されないと断られた」と身を震わせながらの訴えでした。

 私は「こんな理不尽な制度でいいのか」と公明党の国会議員に伝えました。これをきっかけに法改正が実現し、兄弟姉妹にも弔慰金が支給されるようになったのです。

 市消防団では8人の団員が殉職しました。彼らを決して忘れまいと顕彰碑を建立。仲間を失った悲しみを繰り返さないため、団員には「まずは自分の命を守れ。それができなければ他人の命は守れない」と今に伝え続けています。

 また、震災の翌年には水門等の遠隔操作システムの導入を県知事に強く要望し、防潮堤の整備にも心血を注いできました。今後も命を守る施策の実現に全力を尽くします。

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