公明新聞・東日本大震災10年特集公明新聞・東日本大震災10年特集

被災3県公明議員の⼿記

引退後も地域防災に貢献
元宮城・石巻市議・伊藤啓二氏

寄り添い続ける。

2021.02.12

避難所で被災者から話を聴く伊藤氏(右端)=2011年3月30日 宮城・石巻市避難所で被災者から話を聴く伊藤氏(右端)=2011年3月30日 宮城・石巻市

 あの日、私は市役所で市民相談を受けていました。午後2時46分。大きな揺れに「津波が来る」と予感し、相談者と「まずお互い自宅に帰りましょう」と別れると、既に市役所前の道路は渋滞。「このままでは車ごと流される」と思い、発災から90分後、周辺では一番高い2階建ての建物へ駆け込みました。

 そこには約150人の市民が避難。建物は海水に漬かり、やがて1階は完全に水没しました。携帯もつながらず、一切の情報が断絶。水が引き、外に出られたのは4日後の朝でした。家族に無事を伝えた後、自宅も被災しましたが、住民の安否確認へ、休む間もなく避難所と遺体安置所を往復。市役所で離れた相談者の無事も確認できました。

 震災直後は、救援物資が届かない地区への水や食料の手配に奔走。また、震災の地盤沈下で満潮時に冠水する渡波地区の被害を全て罹災証明書で全壊と認定させました。

 震災から6年後には、被災した渡波中学校が、さくら町地区に移転・新築。同地区を桜で飾りたいとの市民の願いに応え、桜の苗木の植樹をバックアップしました。

 市議を引退してからは、地元行政区の顧問となり、住民同士の交流を推進。年1回の防災訓練では地元をくまなく訪ね、参加を呼び掛けるなど、災害に強い地域づくりへ住民と歩んでいます。

宮城県石巻市の360°パノラマツアー