Book Review

「○○○」がわかる3冊

第7回:「ソーシャル・ビジネス」がわかる3冊

九州大学教授岡田昌治

社会的な課題解決を目的とした事業である「ソーシャル・ビジネス」。

日本では東日本大震災以降とくに寄付やボランティア活動がさかんになり、近年社会起業家、自立型NPO、コミュニティ・ビジネスなど社会に貢献する仕事に注目が集まっています。また、民間企業においても、企業の社会的責任(CSR)や共通価値の創造(CSV)という考え方も広がり、途上国でのBOPビジネスがメディアで取り上げられることも増えてきています。

今回紹介する3冊は、それらの寄付やボランティア、CSR等とは根本的に異なる、ムハマド・ユヌス博士(グラミン銀行創設者、ノーベル平和賞受賞者)が提唱し実践するソーシャル・ビジネスがわかる著書(著者も同氏)です(出版社はすべて早川書房)。

『ムハマド・ユヌス自伝-貧困なき世界をめざす銀行家』

ユヌス博士の半生の軌跡と信念、哲学が綴られる

いまや世界中で実践されている無担保少額融資「マイクロファイナンス」は、ユヌス博士が1974年に祖国バングラデシュのジョブラ村で42世帯総額27ドルの高利貸しへの借金を立て替えたことから始まりました。当初ユヌス博士はアメリカで経済学の博士号を取得したあと、州立大学で経済学部の助教授を務めていましたが、その年にバングラデシュで起きた大飢饉をきっかけに祖国に戻り、貧困に苦しむ人びとの現実を前に、机上の経済学の理論が無力であることを思い知らされます。そのときユヌス博士は、貧しい村人たちから現実の課題を学び、貧困の撲滅に取り組むことを決意します。

少年時代からグラミン銀行創設までの道のり、マイクロファイナンスの世界への広がりやアメリカにおけるプログラムの実施、その後多分野に展開したグラミン・ファミリーと呼ばれる関連企業の設立に至るまで、ユヌス博士の半生の軌跡と信念や哲学が綴られた本書は、社会問題の現場に身を置き原因を徹底的に追究することで、貧しい人びとの尊厳と自立に根差した解決策を既存の枠組みにとらわれずに実践として変革を積み重ねていく、ソーシャル・ビジネスの本質を教えてくれます。

『ムハマド・ユヌス自伝-貧困なき世界をめざす銀行家』早川書房

『貧困のない世界を創る-ソーシャル・ビジネスと新しい資本主義』

「偶然なる起業家」の絶え間ない実践が社会を変革

前作の自伝の出版から10年が経つ間に、ユヌス博士はバングラデシュでの貧困削減への功績が世界的に認められ、2006年にグラミン銀行とともにノーベル平和賞を受賞しました。実はその受賞式で博士がそれまでの自らの活動や事業を説明する概念として初めて「ソーシャル・ビジネス」という言葉を使ったのです。ノーベル平和賞を受賞したことはもちろん大きな意味をもつものでしたが、ユヌス博士はグラミン銀行を創設するときも、それ以降も、何もはじめから壮大な概念をもち、ソーシャル・ビジネスを新しい資本主義として実施していこうとしたわけではありません。本書のなかでユヌス博士自らが述べているように、社会問題とそれによって苦しむ人びとに常に寄り添い、改革と実験の精神で淡々と一つずつ実践を積み重ねてきた「偶然なる起業家」であり、それらの実践知の結果を概念として整理したものが「ソーシャル・ビジネス」なのです。

本書では、グラミン銀行の創設以来、ユヌス博士が社会問題を目の当たりにするたびに興してきた一連の関連企業(グラミン・ファミリー)やダノンとの合弁会社であるグラミン・ダノンを事例として、社会問題の原因を追究してアイデアを探り、持続可能なビジネスに変える過程が描かれています。そのなかで読者は、「偶然なる起業家」が絶え間ない実践をとおして社会を変革していく道筋を辿りながら、もはや地球にとって必然のソーシャル・ビジネスの可能性を感じざるを得ないでしょう。

『貧困のない世界を創る-ソーシャル・ビジネスと新しい資本主義』 (早川書房)

『ソーシャル・ビジネス革命-世界の課題を解決する新たな経済システム』

人間の創造力と尊厳を取り戻す実践知が蓄積

2009年2月にユヌス博士と出会い、日本でのソーシャル・ビジネス普及のために九州大学にその拠点を設立して以来、ユヌス博士とは国内外でプロジェクトをともにしてきましたが、どの国に行っても誰と会うときでも、博士が広い視野と温かい思いやりをもち、常に人間の本質に目を向けていることが本書でもよくわかります。貧困は貧しい人びとに原因があるのではなく、社会のシステムが作り出したゆえに取り除くことができるという博士の主張は、「人間の創造力」に対する経験上の確信に裏打ちされています。

利己的な利益追求の延長にあるCSRやBOPビジネスとは異なり、「配当なし、損失なし」の原則を貫くユヌス博士のソーシャル・ビジネスは、利他の心に基づき他人のために専念するビジネスだからこそ、シンプルで、かつ結果としてこれまでの常識や経済システムを覆す新たな価値を提案するものになっているのです。

1970年代半ばに、貧しい人びとに手を差し伸べる第一歩を踏み出して以来、50社を超えるグラミン・ファミリーの経営や合弁会社の設立をとおして世界の課題を解決してきたユヌス博士の旅路において、人間の創造力と尊厳を取り戻す実践知が蓄積された本書は、まさにソーシャル・ビジネスのバイブルといえます。

『ソーシャル・ビジネス革命-世界の課題を解決する新たな経済システム』 (早川書房)

日本人のDNA「三方よし」のモデルを再構築へ

冒頭で述べた寄付やボランティア、CSR・CSV等の共通点は何でしょうか。それは、すべて輸入物の概念であることです。一方でユヌス博士のソーシャル・ビジネスは、日本人にとっては実は真新しいものではなく、日本人が、昔からもっているDNAに馴染むものだと考えています。循環型社会を形成していた江戸時代や近江商人の「三方よし」の精神にみられるように、利益を社会に還元していくモデルを再認識・再構築していくことこそ、資本主義経済や諸制度に麻痺した日本人の本来的なDNAを取り戻し、持続可能な社会を構築していく私たちの使命ではないかと確信しています。

<岡田昌治(おかだ・まさはる)プロフィル>

九州大学教授、国際法務室副室長。ユヌス&椎木ソーシャルビジネス研究センター(SBRC)エグゼクティブ・ディレクター。1979年東京大学法学部卒業後、電電公社に入社。ワシントン大学(シアトル)経営大学院にて経営学修士号(MBA)取得、米国ニューヨーク州弁護士資格取得。NTTグループ、特に米国子会社のNTTアメリカ(NY)、インターネット・ビジネスのNTT-Xなどにおいて国際法務を中心に幅広くNTTの国際ビジネスを担当。 NTT退職後、2002年より九州大学法科大学院にて「契約実務」、「インターネットと法」、「国際企業法務」等の講座を担当するとともに、知的財産本部において産学官連携の推進に携わる。また、2008年より、ムハマド・ユヌス博士の推進するソーシャル・ビジネスの国内外のプロジェクトを担当。最もユヌス博士に近い日本人。