Book Review

「○○○○」がわかる3冊

第6回:「希望格差社会」がわかる3冊

中央大学文学部教授山田昌弘

『希望格差社会』山田昌弘著

希望を持てる仕事につける人とつけない人に分裂する社会

私が、2004年に『希望格差社会』を書いたのは、ネッセという社会心理学者が書いた学術誌の論文の中で、「努力が報われると思えば希望が生じる、努力しても無駄だと思えば絶望が生じる」という命題に出会ったからである。未婚の若者、特に非正規雇用の若者を調査する中で、仕事に希望がもてない若者たちの存在に気づいた。正社員であれば、努力すれば昇進や昇給が期待できる。そして、その努力が上司や同僚などに評価されて、やる気が生まれる。しかし、派遣やアルバイトなど非正規雇用のまま、いくらその仕事で努力しても、昇進があるわけでなく、昇給もたかがしれている。いつでも解雇されて、仕事でしてきた今までの努力が無駄になる可能性が高い。だから、仕事に希望がもてなくなる

仕事は単に、収入を得て生活する手段ではない。特に若者にとっては、希望を与えるもののはずであった。しかし、現実に、希望を持てる仕事につける人と、つけない人に分裂している。これを希望格差社会と呼んだのである。

『希望格差社会』
山田昌弘著(2007年 ちくま文庫)

『平成26年度版、子ども若者白書』内閣府

それから10年経った今、アベノミックスで景気が回復している中で、若者の状況に改善が見られるだろうか? 確かにボーナスは増えて、大学卒業生の就職率は上がった。しかし、6月に内閣府から出た『平成26年度版、子ども、若者白書』を読むと、まだまだ希望格差の状況は続いていることがわかる。そこでは、特集として、若者の国際意識調査の結果がまとめられている。中でも、日本で将来に希望をもつ若者(13-29歳)の割合は、61.1%と、調査対象先進7カ国(米、英、独、仏、韓国、スウェーデン)の中で最低だった点に注目が集まった(他国は80%以上、アメリカは91.1%と最高)。そして、40歳になった時、自分が幸せになっていると思う人の割合も日本が最低(日本66.2%、他国は80%以上)、自己肯定観、仕事意欲も最低、「ゆううつ」を感じる若者の割合は最高(日本77.9%、ドイツは日本の半分以下の36.9%)。これが意味する所を、われわれ大人達は真剣に考えなくてはならない。

従順で諦めが先に立つ若者が群を抜く日本

「社会を変えられる」と思っている若者も調査国中最低、「他人に迷惑をかけなければなにをしてもよい」と思う割合も日本が最低である。若者は、自由で新しいことをして、社会の変革の担い手となるというのは、もう日本ではあてはまらない。従順で諦めている若者の数が先進国の中で群を抜いて多い。大学でも、おとなしく聞き分けがよい学生がほとんどで、教員としてはこんなにやりやすい環境はない。

将来に希望がもてないと思う若者の割合が、約4割という数字は象徴的である。だいたい、若年者の非正規雇用率は、約4割である。そして、中学生や高校生でも、将来正社員の職につけそうもないと思う生徒の割合もその程度なのであろう。正社員になれた若者、なる見込みがある若者は希望をもち、そうでない若者は希望がもてない、まさに、希望格差なのだ。

『平成26年度版、子ども若者白書』
内閣府

『勝者の代償』ロバート・ライシュ著、清家篤訳

日本の若者の経済状況は他国に比べて悪くはない。調査された他の先進国の若者の失業率やパートタイム職に就く割合は、日本以上に高い。ロバート・ライシュ(クリントン政権時代の労働長官)が、『勝者の代償』で述べているように、グローバル化の波が先進国を襲っている。彼がいう「ニューエコノミー」の世界では、従来のような安定した職は減少し、不安定な職が増える。そして、創造的な能力を発揮できるものはいくらでも高収入を稼げるが、そうでないものの賃金は低下する。つまり経済格差が拡大する。そして、この影響をまっさきに受けるのが若者である。

欧米や韓国では、このニューエコノミーが日本以上に進展している。そのため、若者の経済格差も日本以上に大きい。新卒でフルタイムで就職できる方が珍しいのだ。アメリカでは、大学や大学院卒業時に大きな借金をかかえる若者が多く、韓国では英語能力がないものはなかなか就職できない。

日本的慣習の「新卒一括採用」が格差を固定化

それでも、他の国の若者は、希望をもっている。なぜなら、今の状況がよくなくても、努力していれば、将来必ず報われると信じているからである。失敗してもやり直しがきき、大学や大学院に行って仕事能力をつければ、必ず将来よい職がみつかったり、起業して成功できると思うことができるからだ。それは、これらの国では、「新卒一括採用」という習慣がない。逆に、アルバイトしながらでも、大学院にいきながらでも、能力を磨いて大企業のよい職に就くというチャンスが目の前に開けているからだ。

しかし、日本では、多くの若者にとって、学校を卒業した時点が、よい条件の仕事に就く唯一のチャンスである。新卒で就職できなかったり、仕事が合わずに辞めてしまったものは、同じチャンスは二度と来ない。中途採用があるといっても、よほどの能力があるものか転職組に限られる。大卒であれ高卒であれ、新卒で正社員になれず、非正規雇用になったものにとっては、いくら仕事経験をつけても、そして、大学院や専門学校に行っても、年齢を理由に、新卒で正社員になった同年齢の若者と同じような希望のある仕事にはつけないのである。つまり、学校卒業時点でついた格差が固定化し、それを取り戻すのはほとんど不可能な環境ができている。これが問題なのだ。

『勝者の代償』
ロバート・ライシュ著、清家篤訳(2002年 東洋経済新報社)

格差の深まりにより、階級社会を形成する恐れが

近年、この希望格差社会、ますます深まっているような気がしてならない。10年前、非正規雇用だったの若者は、もう30代、40代に突入している。仕事に希望がないまま、年齢を重ねていく人たちの行く末はどうなるのだろうか。

更に、ライシュが指摘したように、日本でも親の経済状況による若者の格差も顕在化している。特に、日本では高等教育費や塾費用が親負担である。親が裕福である若者は希望を持て、そうでない若者は希望を持てない社会になり始めている。内閣府の調査でも、親の状況によって希望を持つ割合に差が付いていることを指摘している。日本に本当の階級社会ができはじめているのではないか。

格差社会が深まってどうなるのか、われわれは、真剣に考えなくてはならない時期に来ている。

<山田昌弘(やまだ・まさひろ)プロフィル>

1957年、東京生まれ。中央大学文学部教授。家族社会学者。専攻・家族社会学・感情社会学。1981年東京大学文学部卒。1986年東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。東京学芸大学助手、講師、助教授、教授を経て、2008年より現職。ほかに1993年、カリフォルニア大学バークレー校社会学部客員研究員、2014年 香港中文大学ジェンダー研究所客員教授。愛情やお金を切り口として、親子・夫婦・恋人などの人間関係を社会学的に読み解く試みを行っている。「パラサイト・シングル」の生みの親で、精緻な社会調査をもとに「学卒後も親と同居し、基礎的生活条件を親に依存している未婚者=パラサイト・シングル」の実態や意識について分析した著書「パラサイト・シングルの時代」(ちくま新書、1999年)は話題を呼んだ。政治・経済の領域と同じように、家族においても「今までと同じやり方ではうまくいかない」という現実を見つめ、戦略的思考で家族生活のリスクマネージメントを行うべき時代だと説いている。1990年代後半から日本社会が変質し、若者の多くから希望が失われていく状況を「希望格差社会」と名づけ、格差社会論の先鞭をつけた。2006年のユーキャン新語流行語大賞トップ10に選ばれる。また、「婚活(結婚活動)」の名付け親でもある。著書は「近代家族のゆくえ」(新曜社 1994年)、「家族ペット」(2004年→文春文庫)、「希望格差社会」(2004年→ちくま文庫)、「迷走する家族」(有斐閣 2005年)、「新平等社会」(文藝春秋 2006年 日経BP社BizTech図書賞受賞)、「少子社会日本」(岩波新書 2007年)、「婚活時代」(共著、ディスカヴァー21 2008年)、「ここがおかしい社会保障」(文春文庫 2012年)、「絶食系男子となでしこ姫」(共著、東洋経済新報社 2012年)、「婚活症候群」(共著、ディスカヴァー21 2013年)など多数。近著に『なぜ日本は若者に冷酷なのか』(東洋経済新報社 2013年)、『家族難民』(朝日新聞出版、2014年)。読売新聞人生案内回答者、毎日新聞「くらしの明日」レギュラーなど。日本学術会議連携会員、内閣府男女共同参画会議専門委員など公職を歴任している。