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マンガ de 社会問題
第19回 戸部けいこ『光とともに… ~自閉症児を抱えて~』
文/前原政之(フリーライター)日本人の自閉症理解の裾野を広げたマンガ
- 光とともに… ~自閉症児を抱えて~(秋田書店)
このところ、発達障害についての社会的関心が大きく高まっている。
たとえば、NHKテレビでは今年(2017年)5月から来年4月にかけ、総合テレビ・Eテレ・BS1を横断して、発達障害をテーマにした多角的な番組を放送するキャンペーンを行っている。また、発達障害について解説した一般書も、続々と刊行されている。
そうした関心の高まりの背景には、日本の公立小中学校の児童・生徒の6・5%――つまり約15人に1人に発達障害の可能性がある(文部科学省の2012年の調査による)という現実がある。これに特別支援学校などを加えれば、約10人に1人の割合で発達障害の人がいると考えられる。
日本には一昔前まで、発達障害に対する深刻な無理解があった。障害であることが認識されず、当事者やその親が「わがままだ」「しつけがなっていない」などと周囲から誤解され、孤立して苦しむ事例が多かったのだ。
ここ10年ほどで社会の理解が大きく広がったのは、一つには公明党の主導で制定された「発達障害者支援法」(2005年4月施行/16年5月改正)が推進力となったからだろう。同法は発達障害を初めて国や自治体の支援対象とした画期的なもので、その施行によって支援体制が全国的に整備されたのだ。
そして、発達障害の中心的疾患である自閉症(自閉症スペクトラム障害=ASD)については、今回取り上げる『光とともに… ~自閉症児を抱えて~』が、日本における理解の裾野を広げるうえで大きな役割を果たした。
これは、2001年から10年近くにわたって月刊マンガ誌『フォアミセス』に連載され、その間にテレビドラマ化もされて大ヒットした作品だ。コミックスの累計発行部数も260万部を超え、「このマンガを読んで、自閉症について初めて知った」という読者も多かったという。
副題のとおり、自閉症児を抱えたサラリーマン家庭の物語。知的障害を伴う比較的重度の自閉症児である主人公・東光(あずま・ひかる)が育ちゆくプロセスを、その誕生から中学生時代までつぶさに描いている。
自閉症児を持つ親たちや、自閉症児に携わる教育・療育・福祉行政・医療関係者など、多くの当事者に取材を重ねて作られた物語は、フィクションではあるものの、細部に至るまでリアルだ。
発達障害専門の医療機関「よこはま発達クリニック」の内山登紀夫院長は、本作を次のように高く評価している。
「(作者の)戸部さんは自閉症を取り巻く教育や福祉の状況について関係者に取材を重ね、間違った情報を流さないように細心の注意を払ってらっしゃった。本作は自閉症の啓発本ではないが、自閉症の啓発にもきちんと使える内容だった。(中略)
コミックは社会啓発の有用なツールでもある。社会に自閉症の姿を正しく伝えるのに本作の果たした役割は大きい」(『光とともに…』別巻所収のコラム「自閉症の現在」より)
たとえば、「親のしつけの失敗や、愛情不足のせいで自閉症になる」という誤解――。それは現在では研究によって明確に否定されているのだが、長年にわたり自閉症児の親たちを苦しめてきた“ポピュラーな誤解”であった。
本作でも、光の母・幸子は、義母から「子は育てたように育つって言うわ 全部あなたがいけないのよ!!」(コミックス1巻)となじられるのを皮切りに、くり返しその誤解にさらされる。
そうした描写が積み重ねられた本作の大ヒットによって、「自閉症は育て方が原因」という誤解は、いまではかなり払拭されたのではないか。
また、本作には光の同級生などという形で、自閉症以外の発達障害――アスペルガー症候群、ADHD(注意欠如多動性障害)、学習障害(LD)の要素を持つ子どもたちの姿も描かれている。読者は自閉症のみならず、発達障害全般について理解を深めることができるのだ。
一人の自閉症児の成長を描く「大河マンガ」
『光とともに…』は、作者の戸部けいこさんが52歳の若さで病死したことから、未完に終わった(下欄のコラム参照)。物語は「中学校編」の途中で終わっているが、本来は光が成人し、働き始めるところまでを描き切る構想だったという。これはいわば、“一人の自閉症児の成長を描く「大河マンガ」”なのである。
一般に「大河マンガ」といえば、歴史上の偉人などを主人公としたスケールの大きな長編をイメージするだろう。対照的に、本作で描かれているのは家族4人を中心とした、小さなつつましい世界である。にもかかわらず、光に携わる多くの人々のさまざまな人間ドラマが壮大なタペストリーを織りなす本作は、見事な群像劇であり、「大河マンガ」と呼ぶにふさわしい重厚な読後感をもたらす。
『光とともに…』は自閉症と発達障害の啓発書として優れたものだが、それはこの作品の魅力の一面でしかない。啓発的側面を取り払っても、親子愛・夫婦愛・家族愛の物語として感動的なのだ。
何より、光が成長するごとに次々と眼前に現れる“ハードル”を、光の両親が一つずつ乗り越えていくプロセスが胸を打つ。2人は時に落ち込み、時に心折れそうになりつつも、持ち前の前向きさで周囲の人々を徐々に味方に変えていくのだ。
また、丹念に描かれていく光の成長過程には、多くの喜びもある。 たとえば、障害のために社会性やコミュニケーション能力の発達に偏りがあり、「(小学校に)入学した頃はそれこそ毎日泣いてばかり」だった光が、「学年が上がるにつれ できること得意なことが少しずつ増えて」(コミックス8巻)いく様子は、それ自体が親にとって大きな歓喜なのである。
読者は、その喜びを光の両親と共有する。そして、この長編を読み終えるころには、光とその家族が実在の友人であるかのように身近に感じられることだろう。