Book Review

マンガde社会問題

文/前原政之(フリーライター)

第17回:夾竹桃ジン『ちいさいひと――青葉児童相談所物語』

児童虐待問題を、最前線たる児童相談所を舞台に描く

 全国の児童相談所による児童虐待相談対応件数は、年々増加の一途をたどっている。統計を取り始めた1990年度の対応件数がわずか1,101件であったのに対し、2015年には103,286件と、ついに10万件の大台を超えてしまったのだ(厚生労働省「福祉行政報告例」)。
 もっとも、対応件数の激増を、そのまま児童虐待の激増と捉えるべきか否かについては議論がある。児童虐待問題の社会的認知が高まり、人々が敏感になった結果、児童相談所に通報しやすい環境になったことも背景にあるからだ。
 じっさい、児童虐待の最も痛ましい結果である虐待死の件数は、2006年から08年にかけて3年連続で年間100人を超えた(心中による死を含む)のをピークに、ここ数年は減少傾向にある(厚生労働省「児童虐待の現状」)。
 しかしこれも、通報と対応件数が増えたがゆえの減少とも考えられる。また、減少傾向にあるとはいえ、いまなお週1人以上のペースで子どもが虐待死に至っていることを考えれば、児童虐待が大きな社会問題であることに変わりはない。
 深刻な現状を背景に、児童虐待をテーマにしたマンガも少しずつ増えてきている。今回取り上げる、夾竹桃ジン作(シナリオ:水野光博、取材・企画協力:小宮純一)の『ちいさいひと――青葉児童相談所物語』は、その代表的なものだ。
 副題が示すとおり、架空の市・青葉市の児童相談所を舞台にした作品である。
 主人公・相川健太は、福祉専門職として青葉市に採用された新米の児童福祉司。彼自身が幼少期に親から虐待を受けていたサバイバー(生存者)であり、児童福祉司に命を救われた経験から、自らも福祉司を目指したという設定になっている。健太は虐待ケースに対応する際にも、かつて自らが受けた虐待がフラッシュバックし、過呼吸などのパニック状態に陥ったりする。
 これは、新米福祉司の健太が、先輩児童福祉司や一時保護所(児相に併設)の保育士などの仲間に見守られ、成長していく姿を描く物語でもある。そして、その成長の過程は、健太が自らのつらい被虐待経験を乗り越えていくプロセスでもある。
 物語の最後に、健太は自らを虐待した実母との再会を決意する。「会ったら何を話すべきなのか、許せるかすらわからないけど…」、母と向き合わないと「もう一歩、前へ進めないから」と……。
 健太が、ずっと憎みつづけてきた母の住むアパートの呼び鈴を押し、「母さん!」と初めて呼ぶラストシーン(ただし、いまは続編『新・ちいさいひと』が連載中であり、健太は一回り成長した姿で登場する)は感動的だ。

『ちいさいひと』少年サンデーコミックス

「児相悪者論」を排し、児相側から問題を見据える

 『ちいさいひと』の舞台となる児童相談所は、児童虐待への対応の中核を担う重要な行政機関である(ただし、扱う相談は虐待だけではなく、多岐にわたる)。
 しかし一方で、虐待死に至るような深刻な事件が起きるたび、マスコミから「いったい児相は何をやっていたんだ!」と批判の矢面に立たされる機関でもある。
 児相職員たちが日々どのような活動を行っているかは、従来、一般にはほとんど知られていなかった。近年、児童虐待の深刻化をふまえ、児相を取り上げたノンフィクションなどが増えてきたが、児相に対して批判的な内容のものが目立つ(山脇由貴子著『告発 児童相談所が子供を殺す』文春新書など)。
 対照的に、『ちいさいひと』は明確に児相側に立った内容である。
 保身ばかり考える「事なかれ主義」の相談所長だけがややネガティブなキャラクターだが、ほかのスタッフはみな熱意と善意にあふれ、自らの生活をなげうって子どもたちのために奔走する。「児相悪者論」の本を読んだあとに『ちいさいひと』を読むと、「あまりに児相を理想化しすぎではないか」という気もする。
 とはいえ、この作品はけっして絵空事の内容ではない。フリー・ジャーナリストの取材協力を得たうえで、児童精神科医、弁護士、児童福祉司、心理士など現役の専門家の監修を仰いで作られているのだ。
 フィクションであるから、物語を盛り上げるために現実をデフォルメしている部分も、当然あるだろう。しかし基本的には、虐待対応の最前線たる児相の現場をリアルに描いたマンガといえる。
 児相を取り上げたノンフィクションのうち、関係者100人以上に取材して書かれた慎泰俊著『ルポ 児童相談所』(ちくま新書/2017年)は、中立的な内容の力作だ。同書には、次のような一節がある。
 「私が全国の児童相談所を回りながら感じたのは、児相間の格差が非常に大きいということです」
 つまり、「よい児相」と「悪い児相」があり、その差も顕著だというのである。してみると、『ちいさいひと』の青葉児童相談所は、典型的な「よい児相」として描かれていると言えそうだ。
 とはいえ、児相職員が熱意と善意に満ちていても、それだけでは「よい児相」でありつづけることは難しい。巷間よく指摘されるとおり、虐待相談対応件数の激増によって、児相の現場は疲弊しきっているからだ。『ルポ 児童相談所』にも、次のような一節がある。
 「児童福祉司数はこの一五年で二倍強になったものの、虐待相談対応件数は八倍強になっています」
 「多くの関係者らが、一五年前と比べて仕事量が二倍は増えたと話しています」
 日本の児童福祉司が抱えている担当案件は1人平均100件にのぼり、欧米が1人平均20件~40件程度であるのに比べ、非常に多いと言われている(『ちいさいひと』1巻による)。
 虐待事件のたびに「児相叩き」をしていればよいという段階は、とうに過ぎている。児童虐待対応の現場を改善し、児相職員を疲弊から救う方策を、社会全体で考えていかなければならないのだ。
 その意味で、児相側に立って児童虐待対応の現場を描いた『ちいさいひと』のような作品が描かれた意義は大きい。
 なお、本作は『週刊少年サンデー』に連載された。少年マンガ誌の中で『サンデー』は比較的読者年齢層が高いとはいえ、読者の大半は親の側ではなく、児童虐待をされる側(WHOによる児童虐待の定義は、「18歳以下の子供に対して起きる虐待やネグレクト」)なのだ。
 少年マンガ誌にこのような社会派作品が連載され、好評を得たこと自体、日本のマンガ文化の成熟を示す出来事といえよう。

コラム/児童虐待を描いたマンガの先駆『凍りついた瞳』

 『ちいさいひと』を筆頭に、児童虐待問題を描いたマンガが増えてきた昨今だが、それらの作品の先駆として、ささやななえ(現・ささやななえこ)の『凍りついた瞳(め)』(集英社/YOU漫画文庫)が挙げられる。
 これは、椎名篤子のノンフィクション『親になるほど難しいことはない』を原作にしたドキュメンタリー・コミックで、1994年から95年にかけて発表された。タイトルの『凍りついた瞳』とは、被虐待児特有の、子どもらしい表情を失った冷たい目を指す医学用語「凍りついた凝視」(Frozen watchfulness)のことだ。
 作中、現場の若手医師が「ネグレクトって…?」と言う場面が出てくる。いまや知らない人はごく少ないであろう「ネグレクト」という言葉が、医師の間ですら一般的でなかった時期の作品なのだ。
 一話完結(一部は前・後編に分かれている)で、保健婦・児童相談所所長・医師・ケースワーカーなど、児童虐待問題にかかわる者たちの目から見た一つの事件が描かれる。
 児童虐待防止法制定(2000年)以前の作品だから、本作で描かれる関係機関の対応には、現状とは異なる面もあるだろう。それでも、全編、児童虐待問題についての理解を深める内容だ。
 発表当時よりも虐待が深刻化しているいまこそ、広く読まれるべき秀作である。