Book Review

マンガde社会問題

文/前原政之(フリーライター)

第13回:岩岡ヒサエ『なりひらばし電器商店』

40年後の東京を舞台に描く、近未来“循環型社会マンガ”

 あらゆるものが題材になる日本のマンガだが、さすがに「リサイクルなどの循環型社会をテーマに据えたマンガ」はほとんど例を見ない。
 「ハイムーン」こと高月紘(京都大学名誉教授)氏の作画によって、月刊『廃棄物』(クリエイト日報刊)に30数年にわたって連載されている1コマ・マンガ『ゴミック「廃貴物」』は、まれな例外の一つである。
 同作は作品集もすでに第8集まで刊行されており、3R――リデュース(Reduce/ゴミの発生抑制)・リユース(Reuse/再利用)・リサイクル(Recycle/再資源化)――を中心に環境問題を広く扱った風刺マンガとして、社会的意義の高いものだ。
いっぽう、一般マンガ誌に連載されたストーリーマンガとなると、今回取り上げる『なりひらばし電器商店』くらいしか見当たらない。
 この作品は、タイトルのとおり東京都墨田区の業平橋近辺を舞台にしている。「東京スカイツリー」があることで知られるエリアで、コミックス(全2巻)の表紙にはいずれもスカイツリーが描かれている。
 ただし、作品の中の世界は、現在から約40年後。スカイツリーは、主人公の女子大生・森初音によって、「母が生まれた頃に出来た/当時世界一の電波塔」として紹介される。
 40年後の日本は、「3R法」という法律が施行され、いまよりもはるかにリサイクルへの意識が強い時代として描かれている。
 「3R法」は、現在あるリサイクル関連法よりも格段に厳しい法律である。
 たとえば、パン屋が売れ残ったカレーパンをまとめてゴミ箱に捨てるところを私服警官に見つかり、「3R法違反で5日間の営業停止」の処分を受ける場面が登場する。
 また、祖母の営む「なりひらばし電器商店」を手伝う主人公の初音が、店の宣伝をしようと大学内で自作のチラシを撒こうとすると、「チラシ配りはゴミを増やす悪質な3R法違反だぞ」と守衛につかまり、警察の取り調べを受ける場面もある。
 それらの場面だけをピックアップすると、“行き過ぎた循環型社会が産んだディストピア”を描いた、重苦しいSF作品を思い浮かべる人もいるかもしれない。だが、実際にはまったくそうではない。作品全体の印象は、ほのぼのとしたヒューマン・ドラマなのである。それに、40年後の未来を舞台にしながらも、この作品はおよそSFらしくない。むしろ、東京の下町の風景など、現在の我々が見てもどこか懐かしいレトロな雰囲気で描かれているのだ。

『なりひらばし電器商店』イブニングKC (講談社)

「大量生産・大量消費・大量廃棄」の時代へのアンチテーゼ

 初音が働く電器商店は、新製品の販売がメインではなく、家電製品のリースや修理をメインとして商売が成り立っている。
また、作中で「食べ切れないくらい作るからいっぱい食べてって」と言われた初音が、心の中で「実はこういう感覚はとっても古い/今は適量を無駄なく消費する時代だから」と思う印象的な場面もある。
 人々がこぞって消費に狂奔し、まだ使えるものまで次々と捨てた「大量生産・大量消費・大量廃棄」の時代は、1980年代後半のバブル期にピークを迎え、バブル崩壊とともに潮が引いていった。代わって訪れたのが、「モッタイナイ」が吝嗇ではなく美徳とされる、“3R推奨のエコな時代”であった。
 とはいえ、現在の我々の心にはまだ、「消費こそ美徳」とされた時代の名残がある。戦時中の食糧難・物資不足を知る世代に比べたら、「モッタイナイ」の精神が希薄なのだ。
 法律の力も使って「3R」が強力に推進された『なりひらばし電器商店』の世界は、いまの我々よりも、むしろ戦前・戦中の人々がモノや食べ物を大切にした感覚に近い。だからこそ、未来を描きながらも「懐かしい」作品になっているのだろう。
 「大量生産・大量消費・大量廃棄」の時代へのアンチテーゼとして、古き佳き日本を未来社会に投影して描いた、異色の傑作である。

コラム/ゴミが減り、リサイクルが「一息ついた」

一時期まで、日本のマスコミにはリサイクルをめぐる記事や番組があふれていたが、最近はあまり目につかない。その理由として、「ゴミが減り、リサイクルが一息ついたから」ということが挙げられるだろう。
 2000年に循環型社会形成推進基本法が施行され、各種リサイクル関連法が整備されたこともあり、過去10数年間で日本のゴミは大きく減った。
 全国の一般廃棄物の総排出量は、1998年度で5160万トンであったのに対し、2014年度では4432万トンにまで減っている。リサイクル率も、98年度が12.1%であったのに対し、14年度は20.6%にまで上昇している。
 産業廃棄物の総排出量を見ても、98年度が4億8000万トンであったのに対し、2013年度は3億8470万トンにまで下がっている(以上、数値は環境省の報道発表資料による)。
 むろん、そのようにゴミが大きく減ったのは、関連法規の整備だけが理由ではない。人々のリサイクル意識の高まりも要因の一つだし、人口減少が進めばおのずとゴミも減る。また、景気動向もゴミの量を左右する要因であり、日本経済も大打撃を受けた「リーマンショック」(2008年)後には、ゴミが大幅に減ったと言われる。
 ともあれ、近年の日本は「循環型社会」の形成に向けて大きく前進したことになる。
 一連のリサイクル関連法が整備された背景の一つに、ゴミの「最終処分場」の不足という問題があった。最終処分場とは、埋め立て処分場のこと。この最終処分場が満杯となるのをできるだけ先送りするため、3Rを推進してゴミを減らす必要があったのだ。
 環境省は最終処分場の「残余年数」(=あと何年もつか?)を毎年発表しているが、1998年度の残余年数が12.3年であったのに対し、2014年度は20.1年にまで伸びている。ゴミの大幅減量に成功したことで、最終処分場の不足は当面の危機を脱したのだ。マスコミがリサイクルについてあまり取り上げなくなった一因として、そうした変化がある。
 とはいえ、最終処分場の不足問題は「解決」したわけではない。どれほどリサイクルが進んでも、焼却処分後の灰など、「埋め立てるしかないゴミ」は必ず残るのだ。とくに首都東京は、「50年後には、他地域や海外に最終処分を託すしかなくなる」と言われるほど、将来が不安視されている。
 そう考えると、40年後の東京を舞台に極端な循環型社会を描いた『なりひらばし電器商店』は、かなりリアルな未来像を描いていると言えそうだ。