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マンガ de 社会問題
第12回 落合さより『ほいくの王さま』
文/前原政之(フリーライター)「男性保育士のみの認可外保育所」を、リアルに描く
- 『ほいくの王さま』(講談社「モーニングKC」)
世界でも抜きん出た多様性を誇る日本のマンガは、“巨大な職業ガイド”としての機能も有している。あらゆる業界がマンガの舞台になり、しかも綿密な取材・調査に基づいた作品も多いため、読者がその業界について知るための最初の入り口になり得るのだ。
保育士という職業についても、しかり。『たんぽぽ保育園カンタマン』(萩岩睦美)、『37.5℃の涙』(椎名チカ)、『新人保育者物語 さくら』(作/村上かつら、監修/百瀬ユカリ)など、保育士を主人公にしたマンガが既にいくつもあり、それぞれ異なる切り口で保育業界を描いてる。たとえば、テレビドラマにもなった『37.5℃の涙』は、病気の子どもの世話をする病児保育士の世界が舞台である。
これから保育士を主人公にした作品を描くなら、それらの先行作品にない斬新な切り口が求められるだろう。今回取り上げる『ほいくの王さま』は、昨年(2015年)に連載が始まった後発作であり、新しい切り口として“保育士も園長も男性のみの保育園”というユニークな設定を用いている。
男性保育士は増加傾向にあるとはいえ、まだ保育士全体の約3%しかいない。その男性保育士のみの保育園を舞台にすることで、先行作にない独自色を打ち出した作品となっている。
保育園は、都道府県などの認可を受けた「認可保育所」と、認可を得ず届け出制の「認可外保育所」に大別できる。認可外保育所は、厳しい設置基準がある認可保育所に比べて設立しやすく、柔軟な運営もできるため、「待機児童」の受け皿になっている面がある。
『ほいくの王さま』の舞台となる「おおとり保育園」も、認可外保育所だ。コミックス1巻には、園長が保育士たちに次のように言う場面がある。
「認可外の園なぞ所詮、待機している認可園へのつなぎだ。油断してるとどんどん園児は減るぞ。高い金を払ってでもここにいたくなる――そんな園にしろ!!」(句読点は引用者補足。以下同)
なんとも身もフタもない、生々しいセリフだ。認可外保育所には(原則として)行政からの補助金が出ないため、主に補助金で運営が賄われる認可保育所より保育料が高くなる。
「高い金を払ってでも」とは、そのことを指している。
園長は、主人公の新米保育士・福田育に、こんなことも言う。
「保育園といっても……子どもと遊ぶ夢の国じゃない。大人と金と法律が絡む現実社会だ」
このセリフが象徴するように、保育園をめぐる生々しい現実を反映した物語なのである。
今年(2016年)2月、「保育園落ちた日本死ね!!!」という匿名ブログの一節が国会でも取り上げられ、これまで以上に待機児童問題が注目を浴びているいま、時宜にかなったマンガといえよう。
保育園をめぐる、多元方程式のような難問が織り込まれた好作
待機児童問題は、『ほいくの王さま』全編の通奏低音ともなっている。たとえば、主人公・育が園児の保護者に、「他の園に空きがあれば……こんな園、入れたくなかったわよ!!!」と言われ、ショックを受ける場面も登場する。
待機児童問題の解消は、もちろん重要である。しかし、かりに待機児童がゼロになれば保育園をめぐる問題がすべて解決するかといえば、ことはそれほど単純ではない。
ジャーナリストの小林美希氏は、著書『ルポ 保育崩壊』(岩波新書/2015年)で、“待機児童解消ばかりに目が向けられてきた結果、保育の質、保育士の質は著しく低下している”との問題提起をしている。とくに、“2000年に株式会社の保育所参入が解禁されて以来、利益重視で人件費が削減されるなどの傾向が高まり、保育の現場は疲弊している”と指摘する。
待機児童問題の背景には、当然、保育士不足・保育所不足がある。だが、認可外保育所の急増(過去10年間で1000ヶ所以上増加)や規制緩和などによって待機児童が減っても、こんどは保育士と保育の質に問題が生じやすくなる。
また、保育所が増えれば、子どもを保育園に入れることをあきらめていた親の利用も増えるため、待機児童の“分母”は増え、なかなかゼロにはならない難しさもある。
それに、今後の日本は急速に少子化が進む以上、保育士や保育所をやみくもに増やせば、近い将来需要が減ったときに別の問題が生ずる。
ことほどさように、保育園をめぐる問題は多元方程式のような複雑さを持っている。単純な解決策を見出すのは難しいのだ。
『ほいくの王さま』は、ハートウォーミングなストーリーの中に、いまどきの保育園が抱える複雑な難問が、巧みに織り込まれている(コラム参照)。
優れた業界マンガであり、“保育のいま”を考えるためには必読の作品といえる。