Book Review

マンガde社会問題

文/前原政之(フリーライター)

第11回:久住昌之・谷口ジロー『孤独のグルメ』

「グルメマンガの多様化」から生まれた異色作

 「グルメ(食通)マンガ」が誕生したのは、1980年代前半のことである。
 それ以前の70年代から、『包丁人味平』(牛次郎・ビッグ錠)などの「料理マンガ」は例外的に存在していた。しかし、食や料理をテーマにした人気作が次々と生まれて1ジャンルとなったのは、83年に連載開始した『美味しんぼ』(雁屋哲・花咲アキラ)以降なのだ。
『美味しんぼ』の大ヒットが契機となり、『クッキングパパ』(うえやまとち)や『ザ・シェフ』(剣名舞・加藤唯史)といった大ヒット作が80年代中盤に相次いで生まれ、「グルメマンガ・ブーム」と呼ばれた。
 それは、日本がバブル期へと向かう好景気を背景とした80年代の「グルメブーム」と、コインの両面を成していた。グルメブームがグルメマンガ・ブームを後押しした面もあれば、その逆の面もあったのだ。
 そして、ブームから30年を経たいま、マンガ界ではグルメマンガが完全に定着し、確固たる一分野を成している。また、グルメマンガの多様化・細分化も進んでいる。たとえば、「ラーメンもの」や「大食いもの」のグルメマンガだけでも、1ジャンルと言ってよいほどの作品がある。
 そうした多様化の中から生まれてきた異色のグルメマンガが、今回取り上げる『孤独のグルメ』だ。2012年からテレビドラマ化されてブームを呼び、ドラマ版はすでに「Season5」まで作られている人気作ゆえ、ご存じの方も多いだろう。

孤独のグルメ【新装版】 (SPA!コミックス)

「孤食の時代」を象徴する、「デフレ飯」マンガの頂点

『孤独のグルメ』は、未読の人には作品の魅力を説明しにくいマンガだ。輸入雑貨の貿易商を個人で営む主人公の中年男(井之頭五郎)が、仕事の合間に一人で外食する様子が、1話につき8ページで描かれる。ただそれだけのマンガなのだから……。
 「グルメ」と冠されているものの、高級レストランや料亭のたぐいは出てこない。屋台のたこ焼きを食べるだけの回や、デパートの屋上でうどんを食べるだけの回、回転寿司を食べるだけの回、果てはコンビニで食品を買って夜食をとるだけの回まである。もはや「B級グルメ」とすら呼びにくい。
 にもかかわらず、出てくる食べものはどれもすごくうまそうだ。そして、独身中年男の侘びしい食生活を描いただけに思えるこのマンガが、なぜかやたらと面白く、何度も読み返しては愉しんでしまう。その面白さの理由はどこにあるのだろうか?
 評論家の荻上チキは、清野とおる(グルメマンガ『ゴハンスキー』の作者)との対談で、次のような発言をしている。
「グルメ漫画ってデフレ飯かリッチ飯で軸ができると思うんですが」
「今はカップルを前提とするんじゃなくて、一人で振る舞うことを前提としたエッセイ(マンガ)がいっぱい出てきている印象です。『孤独のグルメ』も含め、一人をどう楽しむかを描くものが増えたなって感じがします」(『SPA!』2016年6月7日号)
 この発言の中に、『孤独のグルメ』の魅力と人気の秘密を解く鍵がある。
 まず、グルメマンガを「デフレ飯」と「リッチ飯」の二軸に分けるなら、高級レストランのたぐいが登場しない『孤独のグルメ』は「デフレ飯」に属するだろう。
 逆に、初期(80年代)のグルメマンガには「リッチ飯」傾向が強かった。バブル景気で一般市民までが豊かになり、高級レストラン巡りなどができるようになったことが背景にあったからである。
 だが、日本が長期デフレに陥ると、それを反映してグルメマンガも“デフレ化”していく。贅沢な食事を描くのではなく、ごく日常的・庶民的な食の楽しみを描くグルメマンガが増えていったのだ。
 日本の長期デフレがいつ始まったかについては諸説あるが、90年代後半以降に深刻化したことは確かだろう。94~96年に『月刊PANJA』(扶桑社/休刊)で連載されたころは目立った人気作ではなかった『孤独のグルメ』が、2000年代に文庫版がロングセラーとなり、2010年代にブーム化した経緯は、象徴的だ。“デフレが日常”の時代になったからこそ、「デフレ飯」系グルメマンガの頂点ともいうべき『孤独のグルメ』が、人気爆発したのだろう。
 また、『孤独のグルメ』ブームのもう一つの背景として、一人で食事をとる「孤食」が、2000年代以降にあたりまえになっていったことが挙げられる。
 原作者の久住昌之は、『毎日新聞』2015年1月26日付のインタビューで、ブームの背景を次のように分析している。
「そもそも、連載してる90年代、女の人が1人で牛丼屋とかラーメン屋に行く事はまずなかったですよ。時代的に。それがだんだん、そういう人が増えてきて。時代が変わっていって、違う人が読んでくれるようになって、ということは確かですね」
 日本では、単独(単身)世帯自体が右肩上がりで増え続けている。『孤独のグルメ』の連載が始まった94年に920万世帯だった単独世帯は、20年後の2014年には1366万世帯に増えた(厚生労働省「国民生活基礎調査の概況」2014年版)。
 単独世帯の増加を反映して、「孤食」の割合も高まっている。
 内閣府が2014年12月に実施した「食育に関する意識調査」によれば、1日のすべての食事を一人で食べることが「ほとんど毎日」だと答えた人は、20代男性で19.4%、30代男性で11.1%、40代男性で9.2%にのぼる。“孤食が日常”の人が、それほど多いのだ。
 数年前、大学生の「ぼっち飯」(学食などで一人で食事をすること)が、ネガティブな意味合いの言葉として盛んに報じられた。だが、大人たちにとって、いまや「孤食」はあたりまえの日常であり、ネガティブなことでもなんでもない。
 単身者の食生活をサポートするロボットたちを主人公とした、『孤食ロボット』(岩岡ヒサエ)という近未来グルメマンガも、最近登場した。『孤独のグルメ』と並んで、「孤食の時代」を象徴する作品といえよう。
 『孤独のグルメ』第12話で、井之頭五郎は次のような名セリフを吐く(句読点は引用者補足)。
 「モノを食べる時はね、誰にも邪魔されず、自由で、なんというか救われてなきゃあダメなんだ。独りで静かで豊かで……」
 このセリフが示すように、『孤独のグルメ』は、孤食の侘びしさではなく豊かさに焦点を絞ったことで、「孤食の時代」を生きる人々の共感を呼んだのだ。

コラム/久住昌之・谷口ジローという黄金コンビの魅力

2008年刊の『孤独のグルメ』新装版(単行本)には、この作品のファンだという小説家の川上弘美と、作者2人との鼎談が巻末に掲載されている。
 その中で川上は、主人公・井之頭五郎について、「『事件屋稼業』の人と『かっこいいスキヤキ』の人が、少しずつ混じっているような(笑)」と評している。
 この言葉は、『孤独のグルメ』の魅力を的確に言い当てている。
 『事件屋稼業』とは、作画担当の谷口ジローが関川夏央と組んで作った、哀歓あふれるハードボイルド劇画。独身中年私立探偵・深町丈太郎の物語だ。
『かっこいいスキヤキ』とは、原作の久住昌之が泉晴紀(マンガ家)と組んで、「泉昌之」名義で手がけた単行本。『孤独のグルメ』の原型となった短編マンガ「夜行」が収録されている。
 「夜行」は、フィルムノワールに出てくるギャングのような格好をしたハードボイルドな男が、夜行列車に乗り、駅弁の食べ方にやたらとこだわる様子を描いたもの。男の雰囲気と内容のギャップが笑いを誘うギャグマンガである。
 この「夜行」を、谷口ジローの絵でリアル度を数段アップさせ、ギャグ要素を淡いユーモアとペーソスに置き換えた作品が、『孤独のグルメ』なのだ。
 谷口ジローは、2011年に「フランス政府芸術文化勲章(シュヴァリエ)」を受章するなど、国際的にも評価の高い、日本が世界に誇る「絵師」だ。
 日常の中のユーモアとペーソスを追求する久住昌之の原作と、谷口ジローの緻密で流麗な絵。その組み合わせで起きるケミストリー(化学反応)が、『孤独のグルメ』の大きな魅力である。まさにキャスティングの妙。ほかのマンガ家の絵では、面白さは半減以下だったろう。