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マンガ de 社会問題
第9回 中川学『群馬県ブラジル町に住んでみた』
文/前原政之(フリーライター)「日本の中のブラジル」での、“ほぼ異国生活”の記録
- 「群馬県ブラジル町に住んでみた」(メディアファクトリー)
今回紹介するのは『群馬県ブラジル町に住んでみた』(メディアファクトリー)だが、「ブラジル町」という地方自治体があるわけではない。これは、「ブラジル人の多い町」として全国的に知られる同県邑楽(おうら)郡大泉町のことを指している。
大泉町は、約4万人の人口のうち14%以上が外国人(ブラジル人、ペルー人)。「10人に1人以上が外国人」という、「日本の中の異国」「リトル・ブラジル」なのだ。
本作は、マンガ家の著者がこの大泉町にアパートを借りて住んでみた、“ほぼ異国生活”の体験を描いたコミックエッセイだ。
なんのために移住したかといえば、「ラテンな友だちづくり奮戦記」という副題が示すとおり、「外国人の友だちをつくるため」。これまでの人生で一度も海外に行ったことがなく、外国人との交流経験も皆無に等しかったという著者が、一念発起して外国人の友人をつくるべく、大泉町を目指したのだ。
著者の中川学は、人づきあいが苦手な自分の「友だちづくり」の試みを、そのままコミックエッセイ化した『僕にはまだ友だちがいない』でデビューしたマンガ家である。つまり本作は、デビュー作の続編(外国人編)とも言える。
中川には、自らがくも膜下出血に倒れて闘病した体験をマンガ化した『くも漫。』という作品もある。同作は、倒れた場所が性風俗店であったことなど、人に明かすには恥ずかしい事柄までが赤裸々に描かれていた。その意味で、自らのすべてをさらけ出す私小説の伝統を、マンガの世界で受け継ぐような作風といえる。
本作でも、その赤裸々さは変わらない。友だちづくりの過程における失敗談も、包み隠さず描かれているのだ。
定住外国人との「共生」を考えるヒントに満ちたコミックエッセイ
作中でも解説されているが、大泉町のような日系ブラジル人が集う町が生まれた背景には、1990年に行われた入管法(出入国管理法)の改正がある。
改正によって日系2世・3世とその家族に就労制限のないビザが発給されるようになり、毎年数万人の日系ブラジル人が来日。その多くは、群馬・愛知・静岡・三重・長野・岐阜などの各県で、製造業の工場労働者として働くようになった。いまでは、日本の定住外国人(移民)の中で、ブラジル人は中国人、韓国人、フィリピン人に次いで4番目に多い。
「日系」とはいえ、3世のほとんどは日本語が話せないし、日本人と異なる生活習慣をもつため、我々から見ればブラジル人そのもの。『群馬県ブラジル町に住んでみた』に登場するのも、多くは日系ブラジル人なのだ。
本作は、「移民問題を考える」などという社会派目線からは遠い、笑いに満ちた軽いコミックエッセイである。それでも、読んでいて深く考えさせられる場面が随所にある。
とりわけ印象的なのは、「共に汗を流して働けば上っ面だけじゃない深い交流ができるのでは…」と考えた著者が、大泉町で職探しをし、「大泉日伯あっせん所」の日本人職員に強くたしなめられる場面。ポルトガル語がまったくできないことを打ち明けると、職員は次のように著者を叱咤するのだ。
「あなた、それでよく交流したいって言えますね!!」「仕事を通して交流するというのはやめたほうがいいです。皆さん生活のために必死で働いているんです。冷やかしはよくないです」
そしてそのあとで、こう付け加える。
「ブラジル人はたとえ思っても、こんな厳しいことは日本人に向かって言いません。彼らは日本人にとても気を使って生活しているのです」(以上、句読点は引用者補足)
定住外国人と日本人の共生の難しさを痛感させる、本作の白眉ともいうべきシーンである。
これまで移民受け入れに消極的だった日本だが、急速な人口減少・少子高齢化による労働力人口の減少をふまえ、最近、移民受け入れが真剣に議論されるようになってきた(コラム参照)。
移民受け入れが今後どの程度実現するかはさておき、将来の日本がいまよりも定住外国人の多い社会になることは確実だ。定住外国人とのよき共生のためのヒントが、『群馬県ブラジル町に住んでみた』にはちりばめられている