Book Review

マンガde社会問題

文/前原政之(フリーライター)

第8回:志村貴子『放浪息子』

LGBT(性的少数者)をめぐる「時代の潮目」が変わった

「LGBT」とは、レズビアン(女性同性愛者)、ゲイ(男性同性愛者)、バイセクシュアル(両性愛者)、トランスジェンダー(性同一性障害など)の頭文字をとった「性的少数者」の総称である。
 このLGBTを取り上げたマスメディアの記事や番組が、日本でもここ1、2年、目立って増えてきた。同性婚を法的に認める国が増えるなど、LGBTの人権を保障し、「多様性尊重社会」を築こうとする世界的趨勢の反映だろう。
 かつて同性愛を「治療の対象」と分類していたWHO(世界保健機関)が、疾病分類から完全に削除したのは1990年のこと。オランダで世界初の同性婚が認められたのは、2001年のこと。過去四半世紀ほどの間に、時代の流れは大きく変わったのだ。そして、そのような動きはここ数年、さらに加速している。
 2010年には、アイスランドのヨハンナ首相(当時)が同性パートナーと結婚。「同性婚をした世界初の国家首脳」となった。 
 2011年6月、国連人権理事会で、LGBTの人権に関する初の正式な国連決議がなされた。  また、2012年2月、オバマ米大統領は、結婚を男女に限った連邦法について、憲法違反との判断を示した。このことにより、同性婚の是非は同年の大統領選の争点の一つにもなった。
 2014年10月には、米国の世界的企業・アップル社のCEO(最高経営責任者)ティム・クック氏が、ゲイであることをカミングアウトした。
 日本においても、2015年は「潮目」が変わった年となった。4月には文部科学省がLGBTの子どもたちを支援する文書をまとめ、全国の学校に通達。11月には、東京・渋谷区が同性カップルに対する「パートナーシップ証明書」を発行する全国初の条例を施行するなど、LGBTの人権保障に向けた動きが相次いだのだ。
 マンガの世界でも、そうした動きの反映とも言える出来事があった。「ゲイ・エロティック・アート」の巨匠として海外でも人気の高い田亀源五郎のマンガ『弟の夫』(『月刊アクション』連載中)が、2015年度(第19回)「文化庁メディア芸術祭」のマンガ部門で優秀賞に輝いたのだ。
 田亀にとって初の一般コミック誌連載となった『弟の夫』は、タイトルが示すとおり「ゲイ・マンガ」である。主人公の双子の弟がカナダで客死し、「弟の夫」がカナダ(同性婚が合法の国であり、外国人も同性パートナーと婚姻を結ぶことができる)から日本にやってくる……というストーリーなのだ。
 同性愛を描いたマンガは、これまでにもたくさんあった。たとえば、少年(男性)同士の同性愛を扱う「BL(ボーイズラブ)」は、日本のマンガ界に確固たる一ジャンルを成しており、BL専門誌も多数ある。
 しかし、自らもゲイである作者が一般誌にゲイのマンガを連載する例は、『弟の夫』が初だろう。その意味でマンガ史の期を画したこの作品が、文化庁の名を冠した賞を受賞したことに、時代の変化を感じる。

『放浪息子』ビームコミックス

LGBTの問題を「学園ラブストーリー」に織り込んで描く

今回取り上げる『放浪息子』は、2002年から13年にかけて、月刊『コミックビーム』に連載された作品。『弟の夫』(2014年連載開始)よりも10年以上早く登場した、LGBT問題を描いたマンガの先駆だ。
 「女の子になりたい男の子」二鳥修一と、「男の子になりたい女の子」高槻よしの――。2人が小学校で出会い、中学・高校と進んでいく年月を、10年を超える長期連載でじっくりと追った作品である。主人公たちが性的アイデンティティをめぐって悩み、葛藤するさまが、リアルな内面描写で描かれており、“LGBT大河マンガ”という趣もある。
 ただし、「LGBT」という言葉も、「性同一性障害」という言葉も、作中にはただの一度も使われていない。そのことが象徴するとおり、あからさまな啓蒙臭は皆無である。水彩画を思わせる淡く美しい絵柄とあいまって、淡々としたタッチでLGBTの問題が描かれているのだ。
 むしろ、版元がつけた惹句のとおり、「思春期学園ラブストーリー」としてフツーに楽しめる。小・中・高3つの学園空間を舞台に、さまざまな性的アイデンティティを持つ登場人物たち(修一・よしの以外にも、“男装するものの、男性になりたいわけではない女生徒”など、多様な性的志向・性自認を持つキャラクターが登場)が織りなす、風変わりな学園群像劇なのだ。
 そして、二転三転の意外な展開を見せるストーリーを楽しむうち、自然な形で読者のLGBTに対する認識が改められていく作品でもある。

コラム/「左利きの人」と同じくらいいる、「LGBTの人」

LGBTは、社会全体から見ればマイノリティだが、けっして少なくはない。
 一般に、「日本のLGBTは人口の約4~5%」と推定されてきた。だが、電通ダイバーシティ・ラボが2015年、20~59歳までの男女約7万人を対象に行なった大規模な調査では、7.6%の人が「自分はLGBTだ」と回答している。
 自らもゲイであることをカミングアウトしている電通の松中権(ごん)氏は、著書『LGBT初級講座――まずは、ゲイの友だちをつくりなさい』 (講談社+α新書/2015年)の中でこの調査結果に触れ、次のように述べている。
 「この数字、『左利きの人』や『血液型がAB型の人』が日本では約7%とも言われているので、それと同じくらいの割合なのです(意外と多いでしょう?)」
 一方、文部科学省が2014年6月に公表した「学校における性同一性障害に係る状況調査について」では、心と体の性が一致しないという悩みについて児童・生徒から学校側に相談した事例は、全国でたった606例しかなかったという(早稲田大学教育総合研究所監修『LGBT問題と教育現場』学文社/2015年)。
 この調査は、全国の小・中・高・特別支援学校の約3万7000校(児童生徒数計約1300万人)を対象に行われたものである。
 さきに紹介した「LGBT の割合7.6%」を、この調査の対象者1300万人に当てはめれば、98万8000人になる。年齢層の違いなどもあるから単純比較はできないにせよ、全国で606例とはあまりに少なすぎる。その大きなギャップの中に、「誰にも相談できず、1人で悩んでいるLGBTの児童・生徒」が多数存在することが透けて見える。
   そうした現実をふまえ、小・中・高をつらぬく“LGBT大河学園マンガ”たる『放浪息子』を読むと、感動もひとしおであり、さまざまなことを考えさせられる。
 『放浪息子』は、LGBTの子ども・若者たちに勇気を与えるマンガであり、それ以外の人々にとっては偏見を正す契機になり得る秀作だ。