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マンガ de 社会問題
第4回 りさり『きみとうたった愛のうた』
文/前原政之(フリーライター)社会的養護の現場を、児童養護施設で育った作者が描く秀作
- 『きみとうたった愛のうた』新書館
「社会的養護」とは、なんらかの理由で保護者が養育できない児童を、社会の責任で公的に養育する仕組みのこと。児童福祉法に基いて設置される「児童養護施設」は、その中核を成すものだ。全国に600ヶ所近くあり、約3万人の児童がそこで暮らしている。
『きみとうたった愛のうた』は、1歳から9歳までを児童養護施設で暮らした経験をもつ作者による自伝的マンガ。作者の分身である女の子「さり」の、養護施設での生活を描いた連作短編集である。同じ作者の『いつか見た青い空』の、続編にあたる。
児童養護施設を舞台にしたマンガといえば、松本大洋の『Sunny』が思い浮かぶ。松本の最高傑作に挙げる向きも多い作品だ。じつは松本も、家庭の事情から小学生時代の大半を児童養護施設で暮らしたという。
『きみとうたった愛のうた』も、『Sunny』とタイプは異なるものの、優れた作品だ。社会的養護の現場を、施設で育った当事者が描く傑作が2作も生まれたこと自体、日本のマンガ文化の豊穣さを示すものといえよう。
児童養護施設の内実は、これまでマスメディアであまり大々的に報じられてはいなかった。入所児童のプライバシーを守るという観点から、取材等に応じることに慎重にならざるを得ないのだ。
昨年(2014年)1月から3月にかけて放映されたテレビドラマ『明日、ママがいない』(日本テレビ系)は、舞台となる児童養護施設の描き方に現実とかけ離れた誇張があったため、施設に暮らす子どもたちへの差別と偏見を助長するとして、全国児童養護施設協議会などの関係団体から強い抗議を受けた。
ドラマの内容の是非は、ここでは措く。ただ、児童養護施設の実態が一般にあまり知られていないからこそ、偏見の余地が生まれやすいのだとは言えよう。その意味で、当事者が養護施設を描いた『きみとうたった愛のうた』には、偏見の解消に貢献するという社会的意義もある。
「かわいそう」の先にある、いきいきとした姿
一口に児童養護施設といっても、規模や運営のありようはさまざま。『きみとうたった愛のうた』で描かれるのは、カトリック系の、女の子ばかりがいる「大舎制」(20人以上の児童が暮らす)の施設だ。
その施設の中で、主人公・さりたちはスタッフの保育士やシスターに見守られ、健やかに育つ。児童養護施設を舞台にしたフィクションでは、親からの虐待などのどぎつい場面が強調して描かれがちだ。しかし、この作品にそのような場面は登場しない。すっきりとした美しい絵柄で、やさしくあたたかい物語が展開されるのだ。
施設の子どもたちの心理描写に、実体験に基づく作品ならではの確かなリアリティがある。たとえば、さりがクラスメートの男児に「(施設に住んでいて)かわいそうだね……親に会えなくて寂しいから」と言われ、言い返す場面――。
「寂しくないよ。いつも周りに人がいっぱいいるし。遊ぶ場所も広いし、毎月誕生会があってケーキが出るんだよ。私からすれば竹之内君の方が狭い家に住んで遊び場所も少なくてつまんないよ。家に大人と一緒で何をして遊ぶの? 子どもだけのほうが面白いのに」(句読点は引用者補足)
さりが「かわいそう」に反発した心理を、作者は「たった五文字の簡単な言葉にさりを押し込めないで欲しかった」と表現している。
児童養護施設で暮らす子どもたちは「かわいそう」――これは、私たちの多くが陥りがちなステレオタイプの見方であろう。「たった五文字」でわかった気になり、そこから先に理解が及ばない。
作者は、「かわいそう」という言葉では表現しきれない、施設の子らのいきいきとした姿を描いた。もちろん、子どもたちが出合う悲しみや困難にも触れられてはいるが、その描き方は紋切り型に陥らない繊細なものだ。
児童養護施設を描いた作品として貴重であると同時に、普遍的な「子どもたちの世界」を鮮やかに描いた秀作でもある。