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マンガ de 社会問題
第3回 鈴木みそ『限界集落(ギリギリ)温泉』
文/前原政之(フリーライター)限界集落の再生計画をエンタメ仕立てで描く
- 『限界集落温泉』ビームコミックス (エンターブレイン)
「限界集落」とは、「人口の50%以上が65歳以上の高齢者となり、冠婚葬祭などの社会的共同生活の維持が困難となった集落」を指す。1991年に、当時高知大学教授であった社会学者の大野晃が提唱した概念だ。
この概念が広く人口に膾炙(かいしゃ)したのは、2000年代後半にマスメディアがこぞって取り上げてからである。“高齢化・過疎化がこのまま進めば、たくさんの限界集落がやがて消滅する”――そのようなセンセーショナルな報道が多数登場し、「限界集落」という言葉はすっかり定着した。
そうした背景から、フィクションの世界にも限界集落問題を扱った作品が生まれてきた。その一つが、今年(2015年)NHKでテレビドラマ化もされた黒野伸一の小説『限界集落株式会社』(2011年刊)であり、今回取り上げる『限界集落温泉』(2009~2012年、月刊『コミックビーム』連載)である。
『限界集落株式会社』は、東京の企業コンサルタントが限界集落を農業活性化によって復興させようとするストーリー。一方『限界集落温泉』は、伊豆下田の限界集落にある廃業寸前の温泉を、東京のゲームクリエイターが再生させるストーリーである。一つの温泉の再生計画が、やがて市全体を巻き込む活性化計画へと発展していく。
「限界集落」の語を冠した2つのエンタメ作品が、期せずしてよく似た構造を持っているのは、興味深い。
「オタク・パワー」による地方創生の物語
「いつの間にか実家あたりも『限界集落』の仲間入りをしていました」――コミックス1巻の「あとがき」の一節である。作者の鈴木みそは静岡県下田市の出身であり、本作には故郷復興への祈りも込められているのだ。
タイトルの「限界集落」には、「ギリギリ」とルビが振られている。こうした軽妙なセンスが象徴するとおり、コメディ・タッチのライトなエンタメであり、限界集落の問題をあまり深刻に表現してはいない。
面白いのは、温泉再生計画が「オタク・パワー」を結集する形で進められていくこと。推進役となるゲームクリエイターは、コスプレ・アイドルを温泉のシンボルに仕立て、彼女を追ってやってきたファンのオタクたちをブレーンとして巻き込んで、型破りな再生計画を進めていく。ゲーム、フィギュア、アニメなど、オタク界のプロたちがそれぞれの才能とセンスを持ち寄り、限界集落に若者を呼び込もうとするのだ。
荒唐無稽(こうとうむけい)に思える展開だが、これは現実世界の動向を反映している。地方自治体が、アニメなどの美少女キャラクターを用いた地域おこしを行う「萌えおこし」や、地方に密着した活動を展開する「ご当地アイドル(ジモドル)」は、いまやそれぞれ一つの流れになっている。本作で展開されるような限界集落再生計画が、今後現実になっても不思議はないのだ。
限界集落が高齢者人口の割合で定義されることから、この問題についての記事・論説では、高齢者の増加という側面にばかり目が向けられがちだ。しかし、いまどきの高齢者には元気な人が多いから、人口の5割超が65歳以上になっても、即座に集落崩壊に直結するわけではない。むしろ、若者が少なくて世代間継承が困難であることのほうが、限界集落における深刻な問題なのだ。
その意味で、「いかに他地域から若者を呼び込み、地域内の若者を留めるか」こそ、喫緊の課題である。この『限界集落温泉』には、そのためのヒントがちりばめられている。