Book Review

マンガde社会問題

文/前原政之(フリーライター)

第1回:柏木ハルコ『健康で文化的な最低限度の生活』

「マンガという窓」から社会問題を眺めてみる
 日本は世界に冠たるマンガ先進国。アメリカやフランスなど、マンガ先進国と呼び得る国はほかにもあるが、それらの国と比べて突出しているのは、日本のマンガの多様性だ。
 たとえば、アメリカン・コミックは『スパイダーマン』のような「スーパーヒーローもの」が中心であり、多様性に乏しい。対照的に、日本のマンガにはありとあらゆる種類の作品がある。芸術性の高いものから俗悪なものまで、幼児向けから老人向けまで、テーマもレベルも対象読者も千差万別だ。そのような並外れた多様性こそ、日本のマンガ文化の豊穣さの証でもある。
 そして、日本のマンガはさまざまな社会問題も果敢に取り上げてきた。近年のマンガには綿密な取材・調査をふまえたものが多いので、それらの作品は、題材となった社会問題を考えるための有益なテキストになり得る。
 当連載は、そうしたマンガを通じて社会問題を考えてみようという試みである。

生活保護の「現場」をリアルに描く秀作

今回取り上げるのは、『ビッグコミックスピリッツ』(小学館)連載中の『健康で文化的な最低限度の生活』。タイトルは、日本国憲法第25条の「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」にちなんだもの。「生存権」を規定したこの条文は、生活保護制度の根拠となっている。このタイトルが示すように、生活保護をテーマにした話題作である。
 マンガの中に生活保護が描かれたことは、過去にもあった。たとえば、『闇金ウシジマくん』(作・真鍋昌平)はシリーズ中の一編で生活保護を扱っていた。しかし、作品全体が真正面から生活保護をテーマにしている例は、管見の範囲ではまだ2つしかない。その1つが本作であり、もう1つが『陽のあたる家――生活保護に支えられて』(作・さいきまこ)だ。
 『陽のあたる家』は、夫の病気を機に困窮に陥り、生活保護受給世帯となった家族を描いた作品。本作は逆の立場――つまり公務員として生活保護業務を担当する側から描かれている。 新卒で区役所に就職し、福祉保健部生活科に配属された新米ケースワーカー・義経えみるをヒロインとした青春群像劇である。
連載開始までの取材に2年を費やしたという。それだけにディテールのリアリティが素晴らしい。生活保護行政の「現場」の様子が、ヴィヴィッドに伝わってくる。デリケートな問題ゆえ、作者は中立性を保つことに細心の注意を払っているように見える。つまり、「生活保護バッシング」を助長するような描き方もしていなければ、受給者を過度に美化する偏りにも陥っていないのだ。
 作中には問題ある受給者も次々と登場し、ヒロインのえみるを悩ませるのだが、それでも、「どんな受給者にもそれぞれの事情があり、かけがえのない人生がある」と読者に感じさせる描き方をしている。
 青春マンガとしてフツーに面白いうえ、生活保護をめぐるさまざまな論点を詰め込んだ時事的コミックとしても一級の秀作だ。

『健康で文化的な最低限度の生活』ビッグコミックスピリッツ(小学館)

コラム/生活保護の実態歪める、行き過ぎたバッシング

本作の連載開始は2014年。同テーマの先行作『陽のあたる家』が発表されたのが2013年。人気お笑いタレントの母親の生活保護受給に端を発した「生活保護バッシング」が2012年に激化したことが、2作登場の背景になっているのだろう。
 一部マスコミや政治家、ネット上の「生活保護バッシング」には、偏りと誤解がある。その一つは、不正受給の問題ばかり誇張したがる点。もちろん悪質な不正受給は厳重に取り締まるべきだが、日本の不正受給は金額ベースで受給者全体の0.4%弱で推移しており、ごく一部でしかない。また、近年に生活保護利用者が増えたのはたしかだが、日本の利用率はいまなお先進諸国に比べて異様に低く、捕捉率(生活保護が必要な人のうち、実際に利用している割合)は2割程度でしかない。
じつは、日本の生活保護では「濫給」(必要のない人への支給)よりも「漏給」(必要な人が支給から漏れること)のほうが、はるかに深刻な問題なのである。
そうしたこともふまえつつ、本作から「生活保護のリアル」を学んでみよう。