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「ブック羅針盤」

第3回 「『がん』時代」の生き方を考えるための本

文/山路正晃(ジャーナリスト)

 がんが「国民病」となったことを受け、がん関連書籍も今や書店でワンコーナーをなすほど刊行されている。 その中から、がんについてのバランスのよい知見が得られる良書を4点選んでみた。これらの本をガイド役として、「『がん』時代」の生き方を考えてみよう――。
 マスメディアの報道などで、「いまや、日本人の2人に1人が一生のうちにがんに罹患し、3人に1人ががんで亡くなる時代」という言葉を目にしたことがあるだろう。
 これは、国立がん研究センター「がん情報サービス」の「がん登録・統計」というデータをふまえたものである。
 日本では、1981年以来の30数年にわたって、がんが死亡原因の第1位でありつづけてきた。がん治療も着実に進歩をつづけてはいるものの、高齢になるほどかかりやすいというがんの性質ゆえ、今後もしばらく日本のがん患者は増えつづけるだろう。
 そのように「誰もががんと無縁ではいられない時代」だからこそ、がんについての正しい基礎知識を誰もが持つことが望ましい。しかし、インターネット上に飛び交う怪しげな情報はいうまでもなく、商業書籍になったものでさえ、眉唾で偏った内容のものが少なくない。そこでここでは、信頼するに足る、偏りのない関連書籍をセレクトしてみた。

1.『「がん」はなぜできるのか――そのメカニズムからゲノム医療まで』  国立がん研究センター研究所・編(講談社ブルーバックス/1188円)

「がん」はなぜできるのか――そのメカニズムからゲノム医療まで

 一冊目の『「がん」はなぜできるのか』は、「日本におけるがん征圧の中核拠点」たる国立がん研究センターで働く、第一線の専門家たちの共著。科学啓蒙書レーベルの老舗「講談社ブルーバックス」の一点でもあり、情報の信頼性が高い。
 がんとは何か? 改めてそう問われると、我々一般人の多くはあいまいにしか答えられないだろう。本書はその問いに、さまざまな角度から的確に答えていく〝がん入門〟である。
 がんとはどのような病気なのか? どんな過程を経て正常細胞ががんになるのか? がんと老化にはどのような関係があるのか? 再発と転移はどういう仕組みで起きるのか? がんは予防できるのか? ……などという問いに、半世紀以上の歴史を持つがん研究センターの研究蓄積をふまえ、各研究者が答えていく。
 がん発生のメカニズムの解説など、やや難解にならざるを得ない部分もあるものの、全体としては一般向けにやさしく噛み砕いた記述になっている。
 本書は、がんの基礎知識を一通り網羅した概説書であり、がん予防などに役立つ実用書でもある。さらに、最後の第8章では、「分子標的薬」(がん細胞の増殖や転移を行う特定の分子だけを狙い撃ちにする薬)など、がん治療の最前線についても詳述されている。
 がんについて知りたい人が一冊目に読むべき本は、いまならこれだろう。

2.『あのひとががんになったら――「通院治療」時代のつながり方』  桜井なおみ著(中央公論新社/1404円)

あのひとががんになったら――「通院治療」時代のつながり方

 著者の桜井なおみさんは、自らも乳がん経験者。その経験を活かし、「キャンサー・ソリューションズ株式会社」の代表として、がん患者の就労支援活動に取り組んでいる。
 そうした経歴からもわかるとおり、本書は、がんになった人が病気と「共生」しながら、仕事などの社会参加をつづけていくための手引き書である。
 かつて、がんは死に直結する不治の病であり、入院生活も長くつづくと考えられていた。しかしいまや、がん患者全体の5年相対生存率は60%を超えており、「がんサバイバー」(がんを経験して生きている人)は約700万人にのぼるといわれる。また、がん治療のための平均入院日数も、2週間程度にまで短くなってきている。本書の副題にいうとおり、がんは「通院治療」時代に入ったのだ。
 言い換えれば、がんになったあとも仕事をつづける人が、昔に比べて大幅に増えているのが、いまという時代なのである。
 そうした時代の変化に合わせ、「医療のなかだけでは完結しないことが増え、『社会環境の整備』が急務になっている」。2016年12月に成立した「改正がん対策基本法」も、そのような主旨で生まれた法律であった。
 がん患者を取り巻く「社会環境の整備」は、国だけが行うものではない。がん患者が生きていく社会の一人ひとり――職場の上司や同僚、友人、家族など――が、それぞれの立場でサポートと配慮をし、「環境の整備」に努めるべきなのが、「2人に1人ががんになる」いまという時代なのだ。
 たとえば、改正がん対策基本法では、「事業主は、がん患者の雇用の継続等に配慮するよう努めるとともに、国及び地方公共団体が講ずるがん対策に協力するよう努めるものとする」との条文が、新たに盛り込まれた。
 では、私たち個人はどのようにして、身近ながん患者をサポートしていけばよいのか? それを具体的に教えてくれるのが本書である。
 第2章「あのひとががんになったら」では、がん患者の家族・友人・職場の仲間という3通りの立場から、持つべき心構えが説明されている。
 たとえば、著者自身の経験と、多くのがん患者をサポートしてきた経験をふまえ、がん患者が「言われてうれしい言葉」「言われると傷つく言葉」が列挙されている。それらを知っておくか否かによって、身近ながん患者への接し方が大きく変わってくるだろう。
 また、後半ではがん患者自身の立場から、職場などでどう周囲とコミュニケーションをとっていくべきか、闘病と仕事の両立のためにどんな心構えが必要かが、くわしく解説されている。
 就労にかぎらず、がん患者の社会参加について考えるヒントに満ちた好著。

3.『遺すことば――作家たちのがん闘病記』  (文藝春秋・文春MOOK/1500円)

遺すことば――作家たちのがん闘病記

 「がんに関する本」の中で一つのジャンルを形成しているのが、闘病記だ。
 初めてがんの告知を受けたとき、人は多かれ少なかれ動揺し、不安になる。また、がんになるとうつ病を併発しやすく、自殺のリスクも高まることが知られている。闘病記を読むことで、他のがん患者がどう闘病してきたかを知ることは、不安の軽減に役立つ。また、闘病への意欲をかき立てる鼓舞の効果もあるだろう。
 がん治療の現場では「がん友」(同じがん患者の友人)を持つことの意義がよく語られるが、闘病記を読むのは、いわば著者を〝心の中のがん友〟にすることでもある。
 物理学者・戸塚洋二の闘病記『がんと闘った科学者の記録』(立花隆・編/文春文庫)など、名著も数多いが、ここでは、広義の「作家」たちのがん闘病記を集めたムック『遺す言葉』を取り上げよう。
 これは、文藝春秋が発刊する雑誌(『文藝春秋』『オール讀物』『週刊文春』など)に掲載された、著名な小説家・歌人・エッセイスト・ジャーナリスト・マンガ家の闘病記(一部は対談・インタビュー)を選んで再録したもの。
 筑紫哲也、米原万里、藤原伊織ら、すでにがんで亡くなった人たちの遺したものもあれば、がんを乗り越えたサバイバーたちの体験記もある。
 「もっと生きたい!」と慟哭するような凄絶な闘病記もあれば、飄々としたユーモアに満ちた文章もある。形はさまざまだが、言葉で人の心を動かす職業の人たちだけあって、どの闘病記も胸を打つ。

4.『病の皇帝「がん」に挑む ―― 人類4000年の苦闘』  シッダールタ・ムカジー著、田中文訳(早川書房/Kindle版・上下巻各896円)  ※ハヤカワ・ノンフィクション文庫版では『がん――4000年の歴史』と改題

病の皇帝「がん」に挑む ―― 人類4000年の苦闘

 今回取り上げた4点のうち、本書のみがやや古い(原著は2010年、邦訳は2013年刊)。とはいえ、内容的にはまったく古びていないし、高い価値を持つ本なので、あえて紹介する。
 著者のシッダールタ・ムカジーは、インド出身の医師・がん研究者。スタンフォード大学、オックスフォード大学、ハーバード・メディカル・スクールに学び、現在はコロンビア大学メディカルセンターで准教授を務めている。輝かしいキャリアのエリートである。
 その上に作家としての才能にも恵まれた彼は、デビュー作の本書でいきなりピュリッツァー賞を受賞。ほかにも多くの賞を得た本書は、米『タイム』誌の「オールタイム・ベスト・ノンフィクション」にも選ばれた。
 内容は、原著の副題「A Biography of Cancer」が示すとおり、「がんの伝記」ともいうべきもの。人類はどのようにがんという病気に立ち向かってきたか? その歩みを、記録が残っている約4000年前にまで遡り、現在までたどっている。
 がんが体液の異常によるものと誤解されていた昔。細胞の異常な増殖による病気だと、ようやく認識された19世紀。治療法の進歩と、その陰でくり返されてきた失敗……。がんに挑んできた医師・研究者たちと、当事者となった患者たちを主人公に据えた、ドラマティックな群像劇である。
 かのビル・ゲイツ(マイクロソフト共同創業者)は、著者ムカジーのことを「ほれぼれするストーリー・テラー」と評した。まさにそのとおりで、無味乾燥な学術論文のような本になりかねない内容を、著者は薫り高い文章と見事な構成で、極上の人間ドラマに仕上げている。そのドラマに夢中になって読み終えたとき、読者はがんという病気について、多くのことを理解できているだろう。

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