Local Report

地域の未来(あす)へ―貢献する議員・党員小さな声を聴く力

復興へダッシュ 街の“活気”取り戻す
工業団地の再生に奮闘
観光振興へ具体策提言

宮城・多賀城市
根本朝栄議員、松村敬子議員

工業団地で事業を再建した阿部社長と語り合う根本、松村の両市議▲工業団地で事業を再建した阿部社長と語り合う(右から)根本、松村の両市議

3.11の大津波で、臨海工業団地が壊滅的な被害に遭った宮城県多賀城市。被災した中小企業の再起を支えようと、“伴走”し続けているのが公明党の根本朝栄市議だ。

「事業者や自治体の力で何とかなる被害ではない……」。震災直後、根本は山口那津男代表ら国会議員を連れてヘドロと油、焦げた臭いが漂う工業団地に駆け付けた。「公明党が一番早く来てくれた。本当に勇気づけられたよ」と、リサイクル業を営む阿部建夫社長は振り返る。

根本は、当初は公的助成がなかった被災企業の救済策として、市独自の助成金を提案し、実現。後に国が中小企業向けに「グループ補助金」を創設すると、商工会と連携しながら企業のグループづくりにも尽力した。

その結果、同市では、希望する全ての企業に同補助金が支給される運びとなった。今、工業団地には、震災前の活気が戻りつつある。

このほか、仮設住宅を巡回するコミュニティーバスの運行や住宅再建支援の拡充を進めてきた根本。「真の復興を果たすまで、徹して被災者に寄り添い続ける」と決意は固い。

歴史生かしたまちづくりへ

同市は、奈良・平安時代に東北の拠点だった「多賀城」に由来し、多くの史跡が残る歴史都市でもある。歴史書には、多賀城が869年の貞観津波で被害に遭った記録が残っており、これが東日本大震災を「1000年に1度の震災」とする根拠ともなっている。

震災後、こうした多賀城の歴史を、復興のまちづくりに生かそうという動きが市民の間で活発化している。その中心にいるのが公明党の松村敬子市議だ。

松村は、有識者らと共に2012年12月に「国府多賀城・観光推進協議会」を設立。26人のメンバーで議論を重ね、歴史的な資源を生かした観光振興策を市に提言してきた。

この取り組みが実り、市は来年度、産学官のプロジェクトチーム発足を決定。史跡周辺の環境整備や観光物産館の建設などを推進する方針だ。

「世界的に東北が注目されている今こそチャンス」と語る松村。「多賀城の歴史的・文化的価値を発信して人を呼び込み、震災前よりも元気な街を築いていきたい」。柔和な表情の奥に力強い意志をのぞかせていた。(文中敬称略=公明新聞2014年2月5日付)