大活躍!空飛ぶ治療室

公明推進のドクターヘリ蘇生のドラマ次々


医療機器を搭載し、医師や看護師が同乗する“空飛ぶ救命治療室”として、ドクターヘリの運行が始まったのは1999年でした。以来、全国的な配備が進み、東日本大震災でも大きな実績を挙げるなど、その存在感は年々高まるばかり。「ドクターヘリで命が助かった」―各地の蘇生のドラマを追いました。

「奇跡は起きた」と感謝
三重県大紀町 尾花颯獅君

2012年2月、三重県に待望のドクターヘリが導入されてから、わずか19日後。県南部に位置する大紀町で、尾花颯獅君(当時5歳)がトラックにはねられる事故が発生しました。

現場は幹線道路から脇道に入った自宅の前。母親の慧璃子さんが昼食の準備をしていると異様なブレーキ音が聞こえ、外に出るとトラックの下に倒れている颯獅君の姿が見えました。

通報を受けすぐに救急隊員が到着。一見、颯獅君は軽傷に思われましたが、血圧と脈拍は異常な値を示していました。高度医療の体制が整う三重大学医学部付属病院(津市)には車で約1時間かかるため、ドクターヘリの出動を要請することに。14分後にはヘリと共に医師が現場に駆け付けました。

颯獅君は一時的に車の下敷きになった様子で、医師はショック状態と判断。救急車で搬送していれば手遅れの可能性が高い状況でした。機内では体の機能を正常に保つ輸液製剤を大量に投与。病院搬送の後、内臓の一つである脾臓の破裂と診断され、緊急手術により一命を取り留めました。

1カ月後、颯獅君は後遺症もなく退院。今では元気に外を走り回り、慧璃子さんは「三重県にドクターヘリがあったから奇跡は起きた」と感謝しています。

危機乗り越え大学めざす
岡山県倉敷市 仙田佳帆さん

6年前の2008年6月4日、岡山県倉敷市に住む仙田佳帆さん(当時小学5年生)は、自宅から友達の家に向かう途中、車にはねられる事故に遭いました。

はね飛ばされた佳帆さんは縁石で頭を強く打ち、意識不明に。現場に駆け付けた救急隊員は直ちにドクターヘリの出動を要請。佳帆さんは近くのボートレース場の駐車場に到着したドクターヘリで、川崎医科大学付属病院(倉敷市)へ救急搬送。そのまま集中治療室(ICU)に入りました。

翌日、両親の貴孝さんと亜佐美さんが医師から受けた説明では、佳帆さんの状態は脳挫傷で「脳が腫れた状態」でした。

数日後、医師から「どんな後遺症が残るか全く想像ができない」と言われたものの、その後、脳に障がいは一切残りませんでした。そのことについて貴孝さんは、「医師からは『素早く適切な処置が取られたことが幸いした』と言われました。ドクターヘリの医師に、いち早く診ていただけたのが良かったようです」と話しています。

佳帆さんは、事故による脊髄損傷のため、車いすで生活する訓練をしながら病院の院内学級で学び、11カ月後の翌年5月3日に退院しました。その後、小・中学校を卒業。高校2年生になった今、大学進学をめざして勉学に取り組んでいます。

佳帆さんはドクターヘリの導入を推進してきた公明党に対して、「助けてもらったので、これからもいろんな人を助けてほしいです」と笑顔で話していました。

後遺症なく元気に商売
宮崎県延岡市 伊藤宣広さん

昨年5月31日。宮崎県延岡市で軽食店を営む伊藤宣広さん(当時46歳)は、店で仕込みを始めると、突然の異変に襲われ、そのまま冷蔵庫に寄り掛かり、しゃがみ込みました。

それから1時間後、妻・正子さんは意識不明の伊藤さんを発見。車で市内の総合病院まで運びました。病院に着くと、伊藤さんは点滴治療を受け、すぐに集中治療室(ICU)へ。医師からは、ギラン・バレー症候群(急性・多発性の根神経炎の一種)の疑いがあると診断されました。

しかし、その病院には専門医がおらず、専門的な検査を受けられません。一刻を争う容体の中、伊藤さんは、ドクターヘリで宮崎大学医学部付属病院(宮崎市)へ移動。陸路では約2時間の道のりを27分で着き、すぐに検査を受けることができました。幸い命に別条はなく、過労の影響と診断されましたが、早急な処置によって後遺症もなく無事、退院できたのです。

倒れてから20日後、伊藤さんは店に復帰しました。店に来る学生たちからは「おじさん、心配したよ」との声が。そのたびに、伊藤さんは「ドクターヘリのおかげで助かったよ」と公明党の実績を話しています。地域の人にも「搬送時間が大幅に短縮され、まさに住民の命綱」と対話の花を咲かせています。

忙しい毎日を送る伊藤さんは「ドクターヘリでしか救えない命があります。命を守る公明党の実績を、元気いっぱい語っていきます」と満面に笑みをたたえていました。

救急救命の切り札
安全運行を継続し間もなく10万件へ

医師や看護師が同乗し、いち早く救急現場に駆け付けて患者を治療、医療機関に救急搬送するドクターヘリは、救急救命の切り札です。東日本大震災でも全国各地から被災地に急行し、負傷者の搬送などで活躍しました。

現在、全国36道府県に43機配備されています(東京都は独自の東京型ドクターヘリを運行)。北海道や青森県、千葉県などには複数機が配備。出動件数も1999年10月の試験運行開始以来、2012年度には7万件を突破しました。このペースで推移すれば、間もなく10万件に達することが予想されます【グラフ参照】。この間、事故は一件も発生しておらず、高い安全性が証明されています。

ドクターヘリの普及促進は、公明党が強力に推進してきました。07年には、全国配備を推進するためのドクターヘリ特別措置法制定をリード。国が費用を補助することで自治体の負担が大幅に軽減され、拡大が一気に進みました。また、公明党の主張により、航空法が改正され、消防機関からの通報・要請がなくても出動が可能に。パイロットの将来的な不足を見据え、自衛隊出身者の活用も実現させました。

党ドクターヘリ・ドクターカー配備推進プロジェクトチームの桝屋敬悟座長(衆院議員)は「一日も早い全国配備をめざして、党としても全力で取り組んでいく」と語っています。

文中敬称略、肩書は当時
2014年6月8日付 公明新聞