和牛五輪3連覇へ 伝説を創る宮崎牛(上)

公明新聞:2017年8月18日(金)付

連続日本一の偉業
畜産王国の底力を発揮
知名度不足、口蹄疫乗り越え

5年に1度、和牛の日本一を競う全国和牛能力共進会(全共)宮城大会が、来月7日に開幕する。宮崎県は、過去にどの産地も成し遂げていない3連覇に向けて、着々と準備を進めている。知名度不足の克服や口蹄疫の発生など、多くの苦難を越えて精鋭の県代表牛28頭が偉業に挑む。その中には、同県代表として県内初となる高校生が育てた和牛も出場する。全共に懸ける関係者の思いや、牛と共に歩んできた道のりを追った。

「日本一の努力と準備」。同県が全共宮城大会に向けたスローガンだ。2007、12年の全共を制した宮崎牛は、今でこそブランド牛として不動の地位を築き上げたが、その道のりは決して平坦ではなかった。

1970年代に良質な子牛産地として地位を確立した宮崎県は86年、先人たちの熱心な改良や農家など関係者のたゆまぬ努力の末に、肉質4等級以上などの基準を定めたブランド「宮崎牛」を誕生させた。しかし、当時はブランド牛と言えば松阪牛や米沢牛、神戸ビーフで、宮崎の和牛は見向きもされない時代が続いた。

そんな状況を打破しようと、大相撲優勝力士への宮崎牛1頭分の贈呈などプロスポーツを活用したPRや話題づくりを展開。着実に知名度を上げ、2007年全共大会ではその実力も認められ、九つの評価区分のうち7区分で首席を取り日本一に。宮崎ブランドがようやく花開いた。

しかし、その3年後に悲劇が襲う。10年4月、口蹄疫の発生だ。宮崎牛は崩壊の危機に追い込まれた。口蹄疫は、微少なウイルスが引き起こす家畜伝染病。感染の拡大や殺処分などにより、同年8月27日の終息宣言までの130日間で、県内11市町村の6万9454頭の牛をはじめ、豚や羊、ヤギなど29万7808頭が犠牲になった。

殺処分の方法は家畜によって異なり、薬殺をはじめ、電殺では肉の焦げる臭いが充満し、ガス殺では家畜の悲鳴が上がるなど、作業員にとって耐え難いものだった。「本当に苦しく、地獄のような日々だった」と、県畜産振興課の河野明彦課長補佐は当時を振り返る。

そんな中、いち早く現場に急行したのは公明党の議員だった。農家ら関係者の切実な声に耳を傾け、口蹄疫対策特別措置法の成立などをリード。県の1000億円復興基金創設を含め、畜産農家の再興を力強く後押しした。

未曽有の口蹄疫被害から2年後の12年全共では、同県は一時出場断念も懸念されたが、前年に県内で本番さながらの審査を行う「プレ全共」を実施するなどの取り組みを展開。出品農家や関係者全員が「口蹄疫からの復興」を合言葉に全共に挑み、宮崎牛が連続日本一という結果で畜産王国の底力を見せつけた。

今年の全共は、口蹄疫以降に生まれた牛が主力となるため、真の復興が問われる。県の6区代表として和牛3頭を送り出す小林市在住の土井義信さん(45)は、「うち1頭は口蹄疫が発生した年に生まれた牛。口蹄疫からの完全復活を全国にアピールしたい」と語っていた。

【全国和牛能力共進会(全共)】

牛の改良成果や肉質を競う全国最大の和牛品表会。「和牛の五輪」とも呼ばれ、生きた牛の体型や毛並みの美しさなどを競う「種牛の部」(1~6区)と、肉や脂肪の質などを争う「肉牛の部」(8、9区)がある。7区は種牛4頭、肉牛3頭をセットで出品する。

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