8.16 「水俣条約」発効へ

公明新聞:2017年8月13日(日)付

熊本県水俣市などで発生したメチル水銀による公害病・水俣病を教訓とし、水銀の環境汚染や健康被害を国際的に防止する「水銀に関する水俣条約」が16日、発効する。日本が実現をリードした水俣条約により、水銀の採掘、使用、輸出入、廃棄の全過程で規制されるなど、世界で水銀をめぐる汚染や被害の防止策が進む運びとなった。水俣条約の内容を解説するとともに、水俣病の被害者の救済策を中心に、対策を主導してきた公明党の取り組みを紹介する。

世界で水銀規制

教訓生かし日本主導
途上国へ技術支援 15年以内に産出禁止

「水俣条約」は、世界の化学工場、製品などで使用される水銀の環境への排出を抑制し、人々の健康を守ることを目的とする。水俣病の教訓を世界に伝えるため、条約の名前には「水俣」が付けられた。

水俣病は、工場排水に含まれていたメチル水銀に汚染された魚介類を食べることを通し、人に神経疾患を発生させ、日本の「公害の原点」と称される。被害者は手足のしびれといった感覚障害、運動失調などに襲われ、特に、汚染魚を食べた母親のおなかの中にいた胎児を含む、子どもは神経系に深刻な影響を受けた。世界的にも、途上国では水銀が環境へと放出され、水俣病と同じ症状が発生。さらに気化した水銀が大気中に拡散することなどを通じ、地球規模で広がっていることも大きな課題だ。

そこで、日本は水俣病で苦しんだ経験を生かし、途上国を含む各国に対し水銀規制の重要性をアピール。こうした日本の姿勢もあって、各国の水銀に対する理解が深まっていった。

2013(平成25)年10月、熊本市と水俣市で各国の閣僚級を含む関係者が出席した外交会議が開かれ、「水俣条約」を全会一致で採択。これまで、74カ国・地域が締結し、今月16日の発効を迎える。今回、世界最大の水銀利用・排出国の中国や、化学物質・廃棄物に関する条約に前向きでなかった米国が積極的に交渉に参加し、締結した意義も大きい。

水俣条約では水銀の採掘、使用、製造、輸出入、廃棄の過程で規制を設定。条約発効後、新規鉱山での水銀産出は禁止となり、既存の鉱山でも15年以内に産出できなくなる。一定量以上の水銀を含む蛍光灯などの製造や輸出入を3年後までに原則禁止。燃焼する時に水銀を放出する石炭火力発電の水銀排出削減も実施される。

ただし、金と結び付く水銀の性質を生かした小規模金採掘は禁止されず、使用と排出の削減にとどまっている。途上国では小規模金採掘で多くの人々が生計を立てているためだ。そこで水俣条約では、先進国が途上国に対して水銀を環境に排出させない技術の支援や、水銀を使わない代替策を後押しすることも明記。日本も既に、途上国に対して水銀の調査・分析の技術的支援や研修などを実施している。

環境省水銀対策推進室は「日本は水俣病の教訓があるからこそ、世界各国に水銀対策を促していく責任がある」と力説し、条約発効後の取り組みに意欲を示している。

水俣病と公明党

被害者に寄り添い救済
公式確認50年の国会決議後押し

やむことのない耳鳴り、手足のしびれ。母親の胎盤を通して胎児にも深刻な影響が―。熊本県の水俣湾に企業が水銀を放出したことによって発生した水俣病が公式確認されたのは1956(昭和31)年のこと。65(昭和40)年には、新潟県阿賀野川地域で「第二の水俣病」が確認された。公明党は被害者から“悲痛な叫び”を受け止め、水銀ヘドロが漂う海で徹底的な現地調査を行うなど奔走し、被害者の救済に全力で取り組んできた。

ようやく74(昭和49)年に公害健康被害補償法が施行。約3000人が企業から慰謝料(上限1800万円)などを受け取れたものの、被害者の大部分は対象外となった。公明党は、衆院代表質問で「苦しみ抜いてきた数多くの人々に政治は無力であっていいのか」と訴えるなど、救済枠を広げる「政治解決」を要請。その後、95(平成7)年には被害者約1万2400人に政治解決として企業から一時金(260万円)、国から療養費(医療費の自己負担分)などが支給されたが、それでも適用の基準が厳しく、多数の被害者は救済されなかった。

公明党は、被害者に寄り添う姿勢を変えず、「95年で解決済み」とされた“壁”を突破しようと奮闘。2005(平成17)年、党水俣病問題小委員会の木庭健太郎委員長(当時)が「水俣病被害者芦北の会」の代表者と共に、政府に被害者の実情を反映した幅広い救済を要望。さらに自民党に働き掛け、与党内にプロジェクトチームを設置し救済策を盛り込んだ法案を仕上げた。

民主党(当時)も巻き込んで修正協議を行うなど議論をリード。そして、09(平成21)年に「水俣病救済特別措置法」(水俣病特措法)を成立させ、新たに約3万8000人に一時金(210万円)や療養費などが支給されることになった。

水俣病公式確認から50年の節目となった06(平成18)年、公明党は悲惨な公害を繰り返さないことを誓約する国会決議の採択も主導。国民の生命と健康を守る公明党の粘り強い主張を結実させた。

公害で苦しむ人なくす
党環境部会長 江田康幸衆院議員

日本が戦後の復興から経済成長をめざす過程の中で生じた、あまりにも悲惨な公害事件が水俣病です。被害者と、その家族は筆舌に尽くしがたい過酷な日々を過ごされてきました。

水俣病の発生以来、公明党は一貫して被害者の救済に向けて奮闘し、水俣病特措法の成立などに尽力。もう二度と、公害で苦しむ人を出してはなりません。水銀の脅威から大切な生命と健康を守るため、公明党は、水俣条約の発効に向けて日本が主導的な役割を果たすよう求めてきました。今後も、水銀対策に全力を挙げてまいります。

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