年金改革法 どう見るか

公明新聞:2016年12月24日(土)付

堀勝洋上智大学名誉教授堀勝洋上智大学名誉教授

厚生年金 適用拡大は重要
堀勝洋上智大学名誉教授に聞く

将来世代の年金の給付水準を確保するため、年金額改定ルールの見直しなどを盛り込んだ年金制度改革法が、14日に成立した。見直しの背景は何か。また、公的年金制度そのものは心配ないのか。年金制度に詳しい堀勝洋・上智大学名誉教授に聞いた。

将来の給付水準を保障

新改定ルール“カット”批判は不毛な議論

――見直しの背景は。

マクロ経済スライドの見直し自公連立政権による2004年の年金改革では、現役世代が納める保険料を段階的に引き上げた上で固定し、マクロ経済スライドで給付額を調整(抑制)することで、将来にわたる制度の安定をめざした。

しかし、物価や賃金が下がるデフレが長引き、意図した抑制ができなかった。同スライドには前年度より年金額が減らない範囲で調整を行うルールがあるため、デフレ下では発動できない。こうしたこともあり、同スライドは、これまで15年度しか発動されなかった。

支給額改定の新ルール発動できなければ抑制が将来へ先送りされ、将来の高齢者の給付水準が一層、低下してしまう。将来世代まで一定程度の給付水準を保障するには、できる限り抑制を先送りしない対策が必要だ。そこで18年度から、デフレで同スライドの抑制を見送った分を翌年度以降に繰り越し、賃金などの額が伸びる景気回復期に繰り越し分も含めて年金額の調整を行う仕組みが導入されることになった。

併せて、年金財政の健全化を図るため、21年度から賃金の変動率が物価の変動を下回った場合は、賃金の変動に合わせた年金額にする新ルールも決まった。

いずれも、04年改革で開かれた将来にわたる年金制度の安定の道筋を、より確かなものにするために必要な手直しだ。

――民進党などは今回の見直しを“年金カット”と批判していますが。

年金は国民の生活保障に関わる。与野党を超えて冷静に議論すべきであり、“年金カット”とのレッテル貼りは不毛だ。民進党は民主党時代に年金を政争の具として09年に政権を取ったが、実現可能な代替案を何も出せなかった。今回も「柳の下のどじょう」を狙ったようなものだが、国民にはバレバレだ。

そもそも、マクロ経済スライドによる給付水準の引き下げは04年改革で既に導入されており、今ことさら問題にすべきことではない。賃金の変動に合わせた年金額の改定によっても、年金額が引き下げられることがあるが、その分、将来世代の給付水準が下がらずに済む。

――改革法では、他にも年金制度を拡充する施策が盛り込まれました。

従業員(厚生年金加入者)500人以下の中小企業などで働く短時間労働者も、労使合意を前提に「月額賃金8万8000円以上」などの要件を満たせば、501人以上の企業と同様に厚生年金が適用されるようになる。この方向は望ましい。今後はさらに要件を緩和し、基本的に「労働者」と呼べる人には厚生年金を適用するようにすべきだ。そうすれば低年金・無年金の問題も、ある程度は解決できる。

国民年金に加入する女性の出産予定日の前月から4カ月間の保険料免除も導入されるが、これも子育て支援策として妥当な改正だ。

――先の臨時国会では、年金の受給資格を得るのに必要な加入期間(受給資格期間)を来年8月以降、25年から10年に短縮する無年金者救済法も成立しました。

短縮は賛成だ。他の先進諸国を見ても25年は長すぎる。「10年しか保険料を納めなくなる」との意見もあるが、納付が10年だと年金額は月1万6000円程度だ。この額で満足する人が果たしているだろうか。より多額の年金を受け取りたい人は10年を超えて保険料を納めるはずだ。私は納付促進策などが強化されれば、受給資格期間は5年でも良いと思う。

公的年金の重要性

経済変動に対応できる

国や事業者も負担 私的年金より有利に

――年金制度の見直しが議論になると「制度が危ないから保険料を納めない方がいい」などの意見が出ることがあります。そこで、公的年金の意義や重要性を改めて伺いたい。

公的年金は私的年金(個人年金保険)と違って、単に納めた保険料が戻ってくるというシステムではない。働けなくなった高齢者や障がい者、家計の支え手が亡くなった遺族の生活を長期間にわたって保障する制度だ。しかも、物価が上昇するインフレなど、経済の変動に見合った給付額の改定ができるのは公的年金しかない。

老後の所得確保の手段は他にもあるが、貯蓄などの自助努力には限界がある。核家族化や社会状況の変化で、家族扶養や地域・社会の助け合いも頼りにくくなっており、公的年金の重要性は増している。

――「若者はもらえる年金が少ない」「保険料の払い損になる」などの“世代間格差”について、どう考えますか。

例えば、大正時代と現代を比べても社会経済状況は全く異なる。年金だけで損得を比較するのは無意味だ。それに基礎年金の5割を国が負担し、厚生年金なら保険料の半分は事業者が負担している。この点だけでも私的年金より有利である。

政治のあるべき姿示した04年改革

――年金制度の今後の見通しは。

政治がきちんと機能し、必要な改革を行えば公的年金は破綻しない。特に2004年の改革では、年金を将来まで安定させるため、政治がやるべきことをやり、本来あるべき姿を示した。

その上で「経済」と「人口」の二つが盤石であれば制度はより安定する。14年の財政検証でも、経済が成長し、女性や高齢者の就労が進めば、年金制度に問題は生じないことが分かった。

自公連立政権が長時間労働の是正、同一労働同一賃金の実現などの働き方改革や少子化対策、生産性向上による経済成長を強力に進める方針を打ち出しているが、年金の観点からも非常に重要だ。

積立方式 移行は困難

――今も野党は、積立方式への移行や最低保障年金などの「抜本改革」を唱えていますが。

それぞれに問題がある。積立方式は、積立金とその運用収入が給付の財源なので、急激な物価や賃金の上昇による年金価値の目減りに対応できない。年金財政 現行方式と積立方式の違い経済変動に対する弱さは致命的だ。仮に移行するとしても、現役世代が現在の年金受給者のために保険料を負担しつつ、自分の老後の年金を積み立てるという「二重の負担」が発生する。

さらに、東証1部上場企業の株式時価総額を超える約700兆円という膨大な積立金を政府が保有することになり、その運用益をきちんと確保できるとは限らない。国内には、それだけの投資先がないし、海外投資は為替変動のリスクがある。

積立方式は少子高齢化の影響を受けないとされるが間違いだ。少子化による現役人口の減少は経済全体の規模の縮小を招く恐れがあり、その際、高齢者の取り分も減ってしまう。当然、株式などの市場も低迷し、運用益の確保も難しくなってしまう。積立方式にしたからといって、少子高齢化という社会経済構造の変化の影響は避けられるものではない。

最低保障年金は、全て国庫負担で賄うとすれば所得制限の導入は避けられない。しかし、自営業者らの所得を正確に把握できなければ不公平な制度になる。

現行制度も状況の変化に応じて手直しすることは当然、必要だ。しかし、それに反対するのであれば、具体的かつ移行可能な対案を示すべきだ。

【マクロ経済スライド】

少子高齢化に合わせて年金額を調整(抑制)する仕組み。物価や現役世代の賃金が上昇して年金額が増える場合にのみ、伸び率を本来よりも低く抑える。

ほり・かつひろ

旧厚生省、旧社会保障研究所、上智大学法学部教授などを経て現職。厚生労働省社会保障審議会年金数理部会長などを歴任。著書に『年金の誤解』(東洋経済新報社)、『年金保険法』(法律文化社)など。72歳。

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