高齢ドライバーの事故をどう防ぐ

公明新聞:2016年11月26日(土)付

所正文教授所正文教授

立正大学心理学部
所 正文 教授

高齢ドライバーによる事故が後を絶たない。国や自治体は運転免許の自主返納を促す取り組みを進めているが、対策の強化を求める声は強い。このため、安倍晋三首相は、さらなる事故防止策の検討を表明。24日に関係省庁で構成するワーキングチームの初会合を開くなど、対策に本腰を入れ始めた。事故が多発する背景や今後の課題を探る。

見直すべき“自動車優先”

運転に不適な疾病への備えを


――高齢者の交通事故が多発している状況をどう見るか。

所正文・立正大学教授 日本の交通事故死者数は年々減少しているが、死者数に占める65歳以上の高齢者の割合は、比較条件が似ている欧州各国に比べて高い割合で推移しており、異常な事態と言わざるを得ない。高齢者の死亡事故の約半数は歩行中に起きている一方、高齢者が自動車事故の加害者になるケースは増えており、対策は急務だ。

――高齢ドライバーの事故が増加している背景は。

日本は利便性を重視するあまり、歩道や自転車専用道が十分に整備されていない道路でも自動車が通行できる。歩行者が安心して歩ける道路が少ない“自動車優先社会”になっており、これが事故を生みやすくしている。

また、経済的効率性に勝る自動車が生き残った一方、路面電車といった公共交通機関は衰退してしまった。店舗や病院、公共施設は広い駐車場が確保できる郊外への移転が相次ぎ、都市の中心部の空洞化も進んでいる。その結果、自動車なしには生活できず、健康上の問題が少々あっても運転免許を持つことに執着せざるを得ない。まさに社会全体が“負のスパイラル”に陥っている。こうした要因が、高齢ドライバーが運転免許を手放すかどうか意思決定する際に大きな影響を及ぼし、ひいては加齢に伴う運転能力の低下によって事故を引き起こしている。

――相次ぐ高齢ドライバーの事故を受け、来年3月から認知機能検査が強化されるが。

認知症を患っても運転を続けようとする高齢ドライバーが少なくないため、検査に期待する人は多いが課題もある。

現在の検査方法では全ての認知症をカバーできない。記憶検査が主体なため、出現頻度の多いアルツハイマー型の認知症には対応できるが、前頭側頭型認知症(状況に対する衝動や感情を抑えられず、交通規制を守る気持ちがなくなるような症状)といった他の認知症は判別できず、漏れてしまう恐れがある。

今後さらに高齢ドライバーの増加が見込まれ、認知症以外でも運転に不適な疾病が出てくる事態も予想される。そのたびに検査できるかといえば、医師の確保などで無理がある。やはり、運転免許の自主返納の推進と同時に、総合的な事故防止対策を再検討する必要がある。

「免許返納」へのケア必要

公共交通機関の充実を急げ


――高齢者の事故が少ないとされる欧州では、どのような取り組みが行われているのか。

例えば英国のロンドン市では、街中の至る所に監視カメラが設置され、駐車違反やスピード違反を厳しく監視している。違反者には罰金が科され、納付が遅れると延滞金が次々と加算される。このため加齢による過失が多くなる高齢者は自分の運転が危険であることを自覚し、運転免許を手放すようになる。

一方、路面電車といった公共交通機関が充実しているので、マイカーを使う必要性は日本ほど高くない。ドイツのフランクフルト市では、交差点で路面電車とマイカーが遭遇すると、路面電車が優先されるので移動はスムーズで利便性が高い。

道路規制も積極的に行い、安全な走行環境につなげている。英国のケンブリッジ市内の住宅街では、車道の一定間隔にポールを立てて道幅をあえて狭くし、さらにその部分をこぶ状に盛り上がらせてスピードを出しにくい構造になっている。

――日本の現在の状況を打開するために必要なことは。

欧州の事例は大いに参考にしたいが、まず、日本では自動車優先主義を改めたい。一定年齢以上の高齢者だけでなく、全てのドライバーに厳しい条件を課すことが重要だ。こうした環境変化が、高齢者の運転免許の自主返納につながっていくはずだ。

――免許返納で運転を断念する人へのケアも重要では。

その通りだ。運転は自立の象徴と捉えられ人の尊厳にも関わるため、返納への取り組みは丁寧に行う必要がある。熊本県では、運転免許センターに看護師を配置して医療機関への受診や免許返納を促している。心理面のケアなどに精通する人材が対応しており、各地でも参考にできるのではないか。

公共交通機関の充実も急務であり、特に「デマンド交通システム」の整備は、利用者の希望時間や乗降場所などに応えるので有効だ。現在は、自治体の福祉事業として行うケースが多いが、広がりは不十分だ。民間のソーシャルビジネス(社会的企業)として広がるような支援も重要だろう。

――昨今、登校する子どもの列に高齢者の運転する車が突っ込む事故などが多発し、保護者の不安も高まっているが。

子どもが犠牲になる痛ましい事故は一刻も早く根絶させなければならないが、昨今のマスコミ報道のあり方を含め、高齢ドライバーの問題とは切り離して考えるべきである。

先日、横浜市で集団登校中に起きた事故は、87歳男性が運転していたが、京都府亀岡市で集団登校中に車が突っ込んだ事故(2012年)は18歳少年の無免許運転によるものだ。事故を起こす人は高齢者に限ったことではない。

問題の本質は、自動車が優先され歩道などの整備が不十分な交通環境にあり、高齢者特有の問題と誤解してはならない。何より子どもの安全を最優先に守るためには、通学時間帯の通学路を一時進入禁止にするなどの具体的な対策が欠かせない。

来春の道交法改正で認知症対策強化へ


原付以上運転者による交通事故件数の推移近年、原付以上の運転者による交通事故件数は減少し続けているものの、65歳以上の高齢ドライバーが全体に占める割合は増加し続けている。死亡事故に限っても、過失の重い「第1当事者」となった事故は全体が減少傾向にある一方、75歳以上の割合は上昇しており、高齢ドライバーの事故防止に向けた取り組みが急がれている。

来年3月には、75歳以上の高齢者が免許更新の際に記憶力や判断力を測定する「認知機能検査」の強化を柱とする改正道路交通法が施行される。これによって「認知症の恐れがある」と判定された人は医師の診断が義務付けられ、認知症と診断されれば運転免許が停止・取り消しになる。

警察庁は運転に不安を覚える高齢者に運転免許証の返納を促しているが、2015年末現在で運転免許証を保有している65歳以上は約1710万人に上るのに対し、同年に自主返納した65歳以上は約27万人にとどまる。生活の足を失うことへの懸念などが影響したとみられ、高齢ドライバーが自主返納しやすい環境整備が求められている。

ところ・まさぶみ

1957年生まれ。早稲田大学大学院修了。文学博士。産業や交通場面における心理学や生涯発達心理学の研究に取り組む。2004年に日本応用心理学会賞を受賞。著書に「車社会も超高齢化」(学文社)などがある。

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