参院選結果をどう見るか

公明新聞:2016年7月16日(土)付

民進党の信頼回復せず 与党が大勝
慶應義塾大学教授 小林 良彰氏に聞く

改選議席の過半数(61議席)を上回る70議席を、自民、公明の与党両党が獲得した今回の参院選。この結果をどう見るか。独自の世論調査に基づいて、有権者の政治意識や投票行動などを分析している慶應義塾大学教授の小林良彰氏に聞いた。

有権者の選択

景気対策など生活争点に大きな関心

――今回の参院選で有権者が重視した争点は何か。

小林良彰教授 憲法問題のような社会争点と、景気対策のような生活争点の2種類がある。どちらも大事だが、有権者にとっては、明日の社会争点よりも、今日の生活争点の方が、差し迫った問題として関心が高まった。

安倍晋三首相が最初に総理大臣になった時、社会争点を前面に打ち出して、2007年の参院選に敗北し退陣した。その経験から、12年に首相に返り咲いて以降は、一貫してアベノミクスという生活争点を前面に打ち出してきた。今回の参院選で、野党が憲法問題をアジェンダ・セッティング(議題設定)しようとしたが、安倍首相は、その土俵には乗らず、アベノミクスの継続か否かという生活争点で勝利した。

私が独自に行った世論調査(7月2、3日実施)において、参院選で何を最も重視するかを尋ねたところ、景気対策が23%、財政が20%と、合わせて経済政策が43%に上った。このほか、年金・医療は17%、憲法問題は7%だった。生活が苦しい人にとっては「今のこの生活をどうしてくれるのか」ということが、最大の関心事だといえる。

ただし、今回の選挙戦を通して、肝心の経済政策について、議論が深まったかといえば、必ずしもそうではないと思う。安倍首相が「アベノミクスは道半ば」だとしているが、既に政権復帰から3年半がたち、一定の答えを出す時期にきているのではないか。また、アベノミクスの「第3の矢」である成長戦略、構造改革は、どうなっているのか。それがなければ、国債を増刷して公共事業を行うという、旧来型の財政出動の政策になってしまう。

さらに、新アベノミクスでは、「GDP(国内総生産)600兆円の実現」などの三つの目標を掲げているが、それらを達成するための具体的な方策について、選挙戦を通じて十分に説明しきれていたとは言えないと思う。

野党の敗因

政権批判に終始し明確な対案示せず

――野党は全体的に伸び悩んだ。

小林 自民党が勝ったというよりは、野党が負けたとの見方がふさわしいと考えている。

生活争点という土俵の上で、野党は「アベノミクスは失敗」と批判することに終始し、明確な対案を示せなかった。例えば、給付型奨学金は生活に苦しむ学生にとって本当に必要な施策だが、そのための財源をどうやって生み出すのかとなると、実現が可能かどうかが見えてこない。

財源なき行政サービスは“絵に描いた餅”だということを、かつての民主党政権で有権者は学習している。「アベノミクスは失敗だ」と言うだけでは、「ではどうしてくれるのですか」ということに答えていない。

3年前の参院選に比べて民進党は持ち直したが、もう一度任せてみようというほど、信頼は回復していない。これが、今回の選挙結果につながったのだと思う。

また、本来なら野党から主張してもおかしくない、女性の活躍や選挙権年齢の引き下げなどについて、安倍内閣が積極的に取り込んで実践してきた。要は、野党の主張を先取りしていることが、与党にとってプラスに働いたのだろう。

――野党は今回、1人区で統一候補を擁立した。

小林 野党4党は候補者を一本化し、32ある1人区のうち、11選挙区で勝利した。野党共闘によって上積みされた票もあるだろうが、主張の異なる政党が一緒になることで失った票もあったと思う。2人区以上の複数区では、民進党と共産党が共倒れしたところもあり、共闘の効果というよりも候補の一本化に、一定の効果があったことになる。

野党が、これからどうするかというと、おそらく衆院選でも、この方法は変えないだろう。というよりも、民進党単独では、政党支持率を見ても厳しいものがある。他の野党と一緒になることで失う票があったとしても、そこに頼るしかない状況にある。

――各党の獲得議席をどう見るか。

小林 公明党は、選挙区で7人全員当選を果たし、比例区でも7議席を獲得した。力強さを発揮した。

自民党が議席を獲得した選挙区を見ると、3年前は47議席で、今回は37議席。手放しで喜べる状況では、必ずしもない。特に東北地方では、TPP(環太平洋連携協定)に対する反発があり、野党が秋田県以外の選挙区を全て獲得した。

一方、民進党は選挙区で21議席を獲得した。前回までは旧民主党としての選挙だったので、一概に比べられないが、3年前の10議席より伸ばしている。ただ、6年前の28議席には至っていない。この点からも、有権者の信頼が回復していないことが分かるだろう。

若者の動き

将来への不安から「現状維持」を選択

――18歳選挙権の導入後、初の国政選挙となった。若者の投票行動はどうだったか。

小林 18、19歳を含めた若い世代は、社会や自分の将来に不安を抱いている。「日本は右肩上がりで成長している」という感覚を持つ人はいないのではないか。生活に困窮している、または周囲にそうした仲間がいる、ということが多々ある。学生の多くは、アルバイトをしないと生活が成り立たないし、就職活動も、かなり厳しい状況になっている。また、年金は大丈夫なのか、アジアとの関係は一体どうなっていくのか、といった漠然とした不安もある。

そうしたことが投票行動として現れ、「現状維持」という選択をし、自民党への投票が集中しているのだろう。つまり、変化を伴った時に良くなるかもしれないが、悪くなるかもしれない。そのリスクを取らないというものだ。

特に18、19歳は、20歳以上よりもリスクを嫌う傾向がある。前述の調査において、民進党に期待するかという問いに対して、20歳以上に比べると「期待しない」と答える人が5ポイント多かったことでも分かる。

今後の見通し

未来見据えた施策展開へ公明に期待

――若い世代に希望を与えていくために、今後の政治はどうあるべきか。

小林 各党、各候補者の公約には、あまりにも短期的な政策が多かったように思う。次の選挙で再選できれば良いという政策ではいけない。少子高齢化によって、高齢者層の政治への影響力が増す「シルバー民主主義」にならざるを得ないのかもしれないが、18、19歳の人たちが40年後も大丈夫だと言える施策を展開してもらいたい。

具体的には、一つは年金制度の維持、二つ目は財政の健全化だ。政府の巨額な借金を40年後に幾らまで減らすのかを明示してもらいたい。

また、アベノミクスの恩恵で、確かに企業収益は上がっているが、売り上げは伸びていない。実際、企業の売り上げは20年前から変わっていない。会社の経営者らは、売り上げが伸びていないから、設備投資も、部品発注もしない。だから、地方にまで恩恵が行き渡らない。地方が潤うというのは、部品発注で中小企業などが潤うということだ。個人消費が伸びない理由もここにある。

――今後の政権運営に何を望むか。また、連立政権における公明党の役割は。

小林 まずは、選挙戦中に重視した論点を優先的に進めていくべきだ。公明党には、その民意からそれないように、与党の中で歯止めの役割を果たしてもらいたい。

2点目は、経済政策について、企業だけではなく、国民一人一人の収益を重視する施策を実施してもらいたい。例えば、中高年の年金への不安や、学生に貸与する奨学金などの教育ローンの返済に対する不安に対しては、政治に期待する面が非常に大きい。

また、資源の少ない日本では、ものづくりなどの技術力が根幹となっている。それに対する支援を充実させてもらいたい。技術や開発の現場は疲弊している。特に基礎技術に対する投資が、日本は低迷している。技術先進国の日本が、欧米だけではなく、中国や韓国などのアジア諸国と比べても劣ってきている。

これらの観点から、与党にいる公明党には、野党より一歩先んじて、財源の裏付けある、人に優しい政治、未来のために投資する政治を進めてもらいたい。

こばやし・よしあき

1954年生まれ。慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学。法学博士。慶應義塾大学法学部教授。日本学術会議会長アドバイザーも務める。編著に『代議制民主主義の比較研究』など。

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