世界をリードする 「理工系人材」の育成を

公明新聞:2016年4月13日(水)付

専門性を発揮できる技術・思考の養成必要
岩田陽子東京農工大学准教授に聞く

若者の「理工系離れ」が指摘される中、科学や科学技術の専門性に優れ、国際社会の中でリーダーシップを発揮できる人材「理工系グローバル・プロフェッショナル」の養成が、わが国にとって喫緊の課題だ。そこで、理工系学生をめぐる現状や課題、今後の方向性などについて、岩田陽子・東京農工大学准教授に聞いた。

 

科学が社会や未来に及ぼす影響 考える機会少ない

―理工系学生をめぐる現状と課題をどう見るか。


岩田陽子・東京農工大学准教授 日本の理工系学生は、もともと数学や理科の好きな人が多い。逆に言うと、「教科」として両教科が得意な学生が集まっているが、必ずしも理工系人材として求められる素養がある人が集まっているとは言えない。

理工系嫌いというのは数学や理科が嫌いということであって、そのために“科学技術アレルギー”になってしまうことが課題だ。実は理工系嫌いの人でも、科学技術を見る目を持っている人は多い。

これからは、科学技術の問題をその分野だけで解決しようとしても難しい。いわゆる「トランス・サイエンス」の時代である。しかし、今の理工系学生は自然科学や科学技術に関心を持つものの、それが社会の中でどのような位置にあり、社会とどう関連し、未来の生活に、どれほどの影響を与えるのかを考える機会や時間が少ない。そこが大きな課題だ。

日本の理工系人材は専門分野に強く技術力も勝っているにもかかわらず、国際社会でリーダーシップを発揮するまでには至っていない。さらに、「未来をデザインする」「未来を見据える」ことも期待されているが、そうした動きが極めて少ないように思う。

―世界で活躍できる理工系人材養成に向け、東京農工大学は新たなプログラムを進めているようだが。


岩田 東京農工大学授業風景 農工大の取り組みは、国際社会の中で日本のプレゼンス(存在感)を高めることに貢献し得る理工系グローバル・プロフェッショナルを育成することが目的だ。これは「専門性」強化の教育を受けた学生たちが、さらにその「専門性」を発揮させるために必要なスキル(技術)およびマインド(思考)の養成に焦点を絞っている点が特長的である。学部1年生から博士課程の学生までを対象に、入学から卒業までかけて取り組む長期プログラムである点も極めてチャレンジング(意欲的)な取り組みといえよう。

プログラムの特長は、「思考構築」「海外派遣」「語学」の三つだ。昨年度は、イオンアグリ、清水建設、日立ソリューションズの3企業と連携し、イオンから「食の国際化」、清水建設から「自然共生」、日立から「ライフ・スタイル・イノベーション」といったテーマをいただき、教育と事業の両面から成果を創出するプログラムを行った。

今年度は、ハワイ大学や世界自然保護基金(WWF)と連携し、「気候変動」をテーマに展開していく。気候変動は大きなテーマなので、特に生態系やエネルギー問題に絞って学生に考えてもらい、最終的に自分たちの成果を政策として提案できるところまで持っていきたいと考えている。

―昨年度のプログラムで得られた成果は?


岩田 教育の成果として学生たちがスキルだけでなく「マインド」を醸成し、深い「気づき」を得られたことが何よりの収穫だ。

「グローバルコミュニケーション」と言うと、多くの人は英語の流ちょうさが重視されると思われるが、自分の考えを構築し、それを相手に伝える思考力の方が重要だと感じてもらえた。

プログラムではチーム活動も行ったが、自分の専門性以上に、異なる価値観や異分野との融合によって新しいものを生み出そうとする柔軟な姿勢が見られた。

さらに、自分たちのアイデアによって科学技術が発展する一方で、負の側面もあり得ることを常に意識しながら、科学技術と社会に向き合う自覚が持てたのではないか。

―3月下旬に行われたパネルディスカッションは学生による成果報告の場にもなった。会場内の反響はどうだったか。


岩田 農工大学パネルディスカッション パネリストとして参加したジャーナリストの池上彰さんやその他の登壇者、聴衆を含め、全体的によい取り組みをしているという評価だった。参加した高校生からは、「大学で学ぶ目標ができた」という感想も寄せられた。

一方、パネルでは「日本でグローバル・プロフェッショナルは育つのか」というテーマを掲げたが、それは「一筋縄ではいかない」のが実情だろう。科学技術分野において日本の実力は高いが、その強さが見えてこない点が課題である。日本社会のリーダーは人文系が多いが、そこに理工系の人材が増えることで、社会も変わってくるのではないだろうか。

科学技術と社会の調和を取れるような人材が、プログラムを通して育ってくれることを期待したい。

 

「志」生かす風土つくれ

―国際社会をけん引する理工系人材を育てていくために何が必要か?


岩田 国際社会をけん引するためにはマインドと志、さらにはパッション(情熱)が必要になる。

「出る杭を打つ」という日本の風土はなかなか変わらない。学生のレポートの中に「これまでいかに出ないかを考えてきた。でも出方もあるのかと思った」とあったが、これからは志を生かす風土醸成が大事だと感じている。若かろうが、優れている人は優れていると素直に認める風土に変えていかなければならない。また、新しい試みを応援する寛容さも必要だろう。

こうした点が日本は他国に比べて、やや苦手なのかもしれないが、20~30年後を見据え、グローバル・プロフェッショナルの養成に地道に取り組んでいく必要がある。

 

「理系嫌い」の克服  子どもが興味持つ教育に

 

近年、ノーベル賞を受賞する日本人研究者が相次いでいるが、アジア各国の台頭を考えると、日本が20~30年後も自然科学分野をリードできるとは限らない。

理由の一つは、若者の「理工系離れ」が指摘されて久しいからだ。日本の大学における理学、工学、農学部の学生数は1999年をピークに減少傾向にある。それを裏付けるように、日本の高校生を対象にした意識調査で、米国や中国、韓国の高校生に比べて自然科学への興味や関心度は一番低い。小中学生の意識調査では、算数と数学の「好き」は低く、理科は小学生で高いが、中学生になると低下している。2011年の国際調査で「理科が楽しい」と答えた日本の中学生も国際平均を下回り、「算数・理科嫌い」が顕著だ。

このため、政府は昨年、理工系プロフェッショナルの育成強化に向けた「理工系人材育成戦略」を打ち出した。産学官の協働による「産学官円卓会議」の開催を重ね、理工系人材が世界で活躍するための環境整備をめざす。

ただ、理工系グローバル・プロフェッショナルを育成するには、初等教育段階から子どもたちに算数や理科への興味を持ってもらえる教育を実施することが重要だ。

20年度から随時、次期学習指導要領に基づく授業が開始される予定だが、同要領では、子どもたちが主体的かつ協働的に学ぶ学習方法「アクティブ・ラーニング」の実践が重要な柱となっている。新たな手法を通じて、子どもたちが科学分野に興味を持てるきっかけをつくれるかどうかが理工系離れの食い止めにつながる。そうした意味で、教員側の創意工夫も問われることになる。

一方、卒業した大学生を受け入れる産業界も大学との連携強化に力を注ぐ。産業界は、理工系・人文系にかかわらず、基礎的な体力や幅広い教養、自らの考えを発信する力を学生に求めている。今後、学生側にも専門分野だけでなく、横断的な知識力や課題を解決できる力が求められる。

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