大震災5年 創造的復興への展望

公明新聞:2016年3月10日(木)付

ひょうご震災記念21世紀研究機構
五百旗頭真 理事長に聞く

東日本大震災の発生から、あす11日で5年。今月末には、国が復興事業の全額を負担してきた「集中復興期間」が終わり、一部に地元負担を導入する「復興・創生期間」(~2020年度)に入る。これまでの復興の歩みと今後の課題、「次なる災害」への備えについて、政府の東日本大震災復興構想会議で議長を務めた、ひょうご震災記念21世紀研究機構理事長の五百旗頭真氏に聞いた。(聞き手=奈良直記、恒松耕平)

「復興」評価

画期的な全額国費負担

「復興税」受け入れ 国民の成熟ぶり示す

東日本大震災に対する国の復興支援は、わが国の災害史上、最も手厚く、画期的なものとなった。

例えば、約2万2000人が犠牲になった1896年の明治三陸津波では、三陸沿岸を中心に、一部の人が高台移転した。しかし、民間、個人ベースで法的な支えがなく、持続性がなかった。1933年の昭和三陸津波では3000戸が内務省の事業で移転したが、全体的に見れば、ほんの一部に限られた。今回、初めて本格的に安全なまちづくりが行われた。

私自身も経験した95年の阪神・淡路大震災の復興では、行政の二つの壁が立ちはだかった。個人の財産の再建に公費を使えないという原則と、国費の投入は復旧までで、よりよいものをつくる創造的復興は地元負担という当時の政府方針だ。

その後、社会の意識が変わり、被災者生活再建支援法が成立するなど、国費が公共財だけでなく、私財の再建のためにも投ぜられるようになったが、それが今回の支えになっている。

こうした過去の災害復興に比して、東日本大震災では、「単なる復旧ではなく、未来に向けた創造的復興」が大方針となり、仮設住宅や復興住宅の建設から高台移転・防潮堤建設まで全額国費で賄われている。安全なまちづくりについても生活復興についても最も手厚いものだと思う。

具体的には政府は、われわれ復興構想会議の提言を受けて「基本方針」に落とし、復興に必要な事業費を2020年度までの10年間で計32兆円とした。このうち、約3分の1の10.5兆円を「復興税」で賄うことを国民が受け入れてくれた。この災害列島では誰でも被災者になり得る。明日は我が身であり、順繰りに助け合うしかない。そうした共同体意識の成熟ぶりを示すものであり、この点でも画期的な出来事と言っていいだろう。

ありがたかったのは、この間、公明党が被災者の視点、国民全体の観点に立って、政略・政争抜きで、一貫して復興支援に心を込めて協力してくれたことだ。心から感謝している。

課題と対策

賑わい創出へ 欠かせない生業の復活

被災者の主体的取り組みに期待

安全なまちづくりが進んでいるが、考え方が不明確であるため、「やり過ぎ」を感じる面もある。例えば、人が住まないところに築かれる防潮堤だ。政府の基準では、人命を守るのと道路や農地など財産を守るのとを同列に扱っているが、道路や農地のためだけに高い防潮堤をつくる必要があるのか。絶対に必要ではない過大な事業を行えば、増税を受け入れてまで復興を支援してくれている国民の共感が失われかねない。人命と財産を区分する考え方が必要と思う。

一方で、安全なまちづくりと言っても、多くは100年に一度の津波(L1)の対応にとどまっている。1000年に一度の津波(L2)には、やはり逃げるほかない。そのことを忘れず、ソフト対応に知恵と工夫を凝らしてほしい。

それにも増して気掛かりなのは、生業・産業の面で苦戦が続いていることだ。少子高齢化の趨勢を克服するには、人々が多く集まる賑わいの創出が欠かせない。そのカギを握るのが、魅力ある生業・産業の復活だ。

そのためにも被災者の皆さんには、津波の体験までも逆手に取って、全国から人々を引き寄せる魅力と活力を“わがまち”に築いていくという志と主体性を持ってほしいと願う。これからは主体的な魅力あるまちづくりへの全国的支援が望まれる。

次の5年、すなわち「復興・創生期間」では復興事業費の一部が地元負担となったが、創造的に果実を生み出す前向きの活動を通して、地元自治体の自立につながることを期待したい。

容易に展望が見えてこないのが福島だ。過日、東京電力福島第1原発を視察したが、作業員は7000人を数え、事故前の原発稼働中に働いていた5000人を上回っていた。廃炉という作業がいかに困難かを物語っている。故郷を追われた福島の人々にこれからもずっと寄り添い、支え続ける日本社会でありたいと願うばかりだ。

ただ、この事故をもって、近代科学技術文明までも否定する言動には賛成できない。われわれは縄文時代に戻ることはできないのであって、安全な廃炉のためにも先端技術が不可欠だ。常に技術革新を進めつつ、人間性をもって社会の問題に対処していくほかにないのである。

「次なる災害」へ

「事前対処」の思考と体制を

首都機能分散、防災庁設置など

日本の防災は、災害が起きてから対策を考えるという、いわば事後対処型の“後追いパッチワーク”を重ねてきた。繰り返される震災を教訓に建物の耐震化を充実させたが、戦後日本に大津波災害が乏しかったため、地域によっては十分な認識がなく、東日本大震災では、あれほど甚大な被害を受けた。

首都直下地震、南海トラフ地震という巨大地震の可能性が叫ばれている中、今こそ「1.17」と「3.11」を教訓に、事前防災を真剣に考え、「次」への備えの仕組みを確立しなければならない。

動きはある。内閣府発表の南海トラフ巨大地震の被害想定で、津波の高さが全国で最も高い約34メートルとされた高知県黒潮町では、「一人の避難放棄者も出さない」との大西町長の決意とリーダーシップのもと、住民一人一人の避難マップを作成して頑張っている。

避難路や津波避難タワーの建設費は、国庫で7割の補助があるものの、市町村にとっては残り3割でさえ、財政面の負担は大きい。そこで高知県では、その3割分を県が負担すると決断した。その結果、県内では避難路と津波避難タワーがどんどん建っている。「次なる災害」に備えた先進県といえよう。

極めて例外的ではあるが、和歌山県串本町のように、大災害が来る前にと、すでに高台移転を進めているところもある。

ただ、避難マップや津波避難タワー、避難路づくりに対する国庫補助は時限措置で、あと数年で期限切れを迎える。ぜひ継続支援への尽力を公明党にもお願いしたい。

事前防災としての高台移転事業に公的助成がないのも難しい問題だ。安全・安心なまちづくりの事前構築は国民にとって重要である。被災してから危険地域に指定するのではなく、「今後起こり得る地域」に対しても、特別財源や基金といった財政的措置の工夫が欠かせない。コスト面からみても、被災する前に事前対処する方が安く済むわけで、これも政治の課題として官民挙げての取り組みに期待したい。

一方、約3500万人の人口を抱え、経済も国の機能も集中している首都直下地震への備えは、非常に困難だ。自然災害に加えて、帰宅困難者など社会災害が併発する。道路は避難者であふれ、救援車両が入れなくなるなど、想像を越える二次災害と社会パニックが想定される。

東京一極にこれほどまでに人口と首都機能を集中させているのは、あまりに危機意識に欠ける。オランダでは、人口最大の都市アムステルダムは経済活動、ハーグは政治・行政機能と分散している。見習うべきだろう。「上からの近代化」の時代は終わったことを認識すべきだ。

例えば、「防災庁」をつくり、これを東京と神戸に置いてはどうか。神戸には、阪神・淡路大震災から生まれた国の防災・減災機関がある。神戸は西日本方面を統括しつつ、同時に、東京が被災した時にはバックアップし、防災司令塔としても機能させる。南海トラフ地震発災時にも、西日本で迅速に対処できるだろう。

事前防災を恒常的・日常的に考える体制づくりは急務の課題であることを重ねて強調しておきたい。

いおきべ・まこと

1943年兵庫県生まれ。京都大学大学院法学研究科修士課程修了。神戸大学大学院教授、日本政治学会理事長など歴任。熊本県立大学理事長。文化功労者。専門は日本政治外交史、政策過程論、日米関係論。2011年4月に創設された東日本大震災復興構想会議の議長を務めた。

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