この島で生きる 島根県海士町ルポ

公明新聞:2015年1月1日(木)付

島の基幹産業である漁業を支える漁師たち。その中には各地から移住してきたIターン者もいる島の基幹産業である漁業を支える漁師たち。その中には各地から移住してきたIターン者もいる

“人づくり”を島おこしの軸に
移住者ら再生の起爆剤に

内外の英知を結集す

海士町は、一貫して“人づくり”を島おこしの軸にしてきた。人口減少で“地方消滅”という問題に直面する中、町の将来を見据えて一層、教育に力を入れなければならないと思う。私は島の高校生に「仕事を創りに帰ってきてほしい」と呼び掛けている。いつか、この自然豊かなふるさとで、世界とつながりながら夢を実現させてもらいたい。

島根半島の北約60キロ、本土からフェリーで約3時間、自然に恵まれた海士町は、半農半漁の小さな町だ。承久の乱で敗れた後鳥羽上皇の流刑地として知られ、独自の歴史と文化に彩られている。

2000年代初頭、公共事業で町の財政は借金が膨らみ、まさに破綻寸前だった。「自力で町の展望を開かねば!」。04年、山内道雄町長ら行政と地元住民が団結し、わずか3カ月で自立促進プランを練り上げた。以来、大胆な行財政改革と“なりわい”創出へ、あくなき挑戦を続けてきた。

大きな突破口を開いたのは、05年に完成したCAS凍結センターだ。町が設立した第三セクター「株式会社ふるさと海士」が運営している。

CAS(Cells Alive System)とは、磁場エネルギーで細胞を振動させることによって、生きたままのような状態を維持し冷結保存する画期的なシステム。このシステムの導入によって、岩ガキやイカなど島の海産物の鮮度を落とすことなく、市場に届けることが可能になった。本土に届くまで輸送時間がかかり、鮮度が落ちるという離島のハンディを克服。島にとっては、まさに経済発展をもたらすイノベーション(技術革新)となった。

海産物を島のブランド商品として、首都圏の飲食店などに出荷できるようになり、インターネットでの通信販売も可能になった。同社の奥田和司社長補佐役は、「漁業者の手取り収入の増加につながり、地元漁業の維持に貢献している」と胸を張る。

さらに、不漁が続いても、海産物を使ったフライなど加工品を製造・販売することで、安定した雇用を生み出せるようになった。売り上げも順調に伸び、今年度は1億8000万円を超える見込みだ。

それまで商品価値のあることすら気付かなかったものが、外から見れば魅力となる。その例が「島じゃ常識 さざえカレー」だ。さざえカレーは、もともと地元の食文化として定着していた。それを商品化しようと思い付いたのは、島外からの移住者だった。現在、同商品を作る平野雅士さんは求人でさざえカレーに興味を抱き、京都から移住。島で結婚もした。やりがいを感じる毎日だ。「新商品を開発したい」と夢を語る。

豊かな海産物をブランド化すれば売れる―。海士産の岩ガキ「春香」が後に続いた。出身地に戻り定住するUターンと、都市部などから移住するIターンの人々が地元漁師と協力し、養殖に成功。首都圏内のほとんどのオイスターバーに卸す。町が06年10月に立ち上げた「海士いわがき生産株式会社」が年間30万個を生産するが、供給が追い付かない状況だ。同社の大脇安則代表取締役は「ブランド化が大きな役割を果たし、収入も安定してきた。後継者を育てたい」と、先を見詰める。

新たな産業創出の立役者はIターン者ばかりではない。松阪牛など全国区のブランド牛に劣らぬ評価を受ける「隠岐牛」の飼育を担うのは、地元の建設業者。畜産業に参入するため「有限会社隠岐潮風ファーム」を04年に設立。農業参入への規制を緩和する潮風農業特区の認定を国から受けた。現在、約600頭の肥育・繁殖牛を飼育する同社の田仲寿夫代表取締役は、「出荷頭数を倍増させたい」と意欲を燃やす。

島にはIターン者を引きつける魅力があるようだ。宮﨑雅也さんは国立大学に在学中、島の子どもたちとの出会いがきっかけで、卒業して3日後、海士町に渡った。半農半漁の暮らしにひかれて移住を即決。現在、民宿を手伝いながら、自ら起こした株式会社で、干しナマコを生産。中国へも出荷している。

島では04年から10年間で294世帯437人のIターン者が移住してきた。そのうち、約6割が定住。これは、実に人口の1割を占める。その理由は何か。「Iターン者の本質は『覚悟がある』ということ。家族で移住する彼らには、この島で生きていく覚悟がある」(町交流促進課の青山富寿生課長)。地域への愛着こそ、地方創生の出発点といえよう。

日本海に浮かぶ隠岐諸島の一つ、中ノ島にある島根県海士町。人口約2300人、1島1町の小さな町だ。人口減少、財政難など日本社会が抱える課題の縮図のような地域だが、島外からの移住者と地元住民が力を合わせ、教育と産業振興に奔走し“輝く島”へと変わった。

「島留学」で全国から生徒を募集

高校消滅の危機回避
今では学級数が増加


海士町が産業創出とともに重視しているのが教育だ。

昨年12月のある日、海士町の玄関口である菱浦港近くの公民館を訪ねた。夜7時過ぎ、県立隠岐「夢ゼミ」に学ぶ高校1年の生徒たち。千葉県出身の茂呂大紀君は「町に来て地域のつながりの大切さを知った。将来の夢は医師として海士町に戻ること」と語った島前高校の生徒が続々と集まってくる。お題は「聴く」。良いコミュニケーションの在り方をめぐってグループディスカッションなどを行った。終了時刻は夜9時半。皆の表情は生き生きとしている。参加した同校1年の久保鈴夏さんは「相手の話を聞くことがなぜ大切か、勉強になりました!」と語った。

これは、公営塾「隠岐國学習センター」による講座「夢ゼミ」の一コマ。同センターは、生徒一人一人の多様な進路や幅広い学力への対応を充実するため、2009年に発足した。豊田庄吾センター長は「島前地域では教員数も少なく民間教育機関もない。学校と連携しながら個人指導と自立学習を支援したい」と語る。学習センターと隠岐島前高校の教員は毎週、ミーティングを行い、生徒の進路指導などを協力して進めている。

ここまで来る道のりは順風満帆ではなかった。同町内にある唯一の高校である隠岐島前高校は、入学者が77人(1997年)から28人(2008年)に減り、3学年とも1学級に。地域から高校がなくなると、本土への移住を加速させかねない。学校の存続は、地域の存続に直結する課題だった。

そこで、08年から始めたのが「高校魅力化プロジェクト」だ。高校を地域づくりと人づくりの拠点と再定義。10年度からは、全国から生徒を募集する「島留学」を開始。今では、全校生徒の4割超が町外の出身者だ。11年度から、国公立や難関大学などへの進学をめざす「特別進学コース」と、地域住民の知恵や資源に実践的に触れながら地域づくりのリーダーを育成する「地域創造コース」を創設。高校2年生は全員、海外研修に出て、イェール・シンガポール国立大学でプレゼンテーションを行うなど、世界にも触れさせる。

こうした取り組みの結果、入学者は大幅に増加。12年度からは同高の入学定員を2学級80人へ増やし、3学年とも2学級になった。同プロジェクトの中心者、岩本悠さんは、「地域外の人と交流させることで、地域づくりの担い手を“自給自足”できるよう取り組みたい」と語る。

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