「大衆とともに」は不変の原点

公明新聞:2012年7月25日(水)付

立党精神継承して50年 「9.13」党幹部座談会

「大衆とともに語り、大衆とともに戦い、大衆の中に死んでいく」。今年は公明党の立党精神の淵源となった公明政治連盟(公政連)の第1回全国大会(昭和37年9月13日)から50年。その節目に当たって、立党精神を再確認するとともに、その今日的意義などについて党幹部が語り合った。

「団結」「大衆直結」「勉強」の3指針を胸に
庶民のために戦い抜く


山口那津男代表 井上義久幹事長 太田昭宏全国代表者会議議長

山口那津男代表 全国の議員、党員、そして支持者の皆さまには炎暑の中、党勢拡大に取り組んでくださり、本当にありがとうございます。本年9月13日には「大衆とともに」の歴史的宣言から50周年の佳節を迎える。立党精神は公明党にとって不変の原点であり、いつの時代にあっても公明党議員一人一人の胸に深く刻まれてきた。各地で開かれる夏季議員研修会で共々に研さんし、決意も新たに前進していきたい。

太田昭宏全国代表者会議議長 多くの先輩方が「大衆とともに」という立党精神を胸に戦ってこられた。50年前の9月13日、東京・豊島公会堂で、公明党の前身である公政連の第1回全国大会が開かれた。壇上には墨痕あざやかに「団結」の2字が掲げられ、大会は終始、「庶民の手に政治を取り戻すぞ!」との熱気に包まれていたという。

斉藤鉄夫幹事長代行
当時の公明新聞(9月16日付)は「二千余の代表つどう」との見出しで、実質的に公政連の発会式であった大会の模様を生き生きと伝えている。

井上義久幹事長 大会の席上、公政連、公明党創立者である創価学会の池田大作・第3代会長(当時)が、立党精神の淵源となる講演をされた。そこで、公政連の政治家のあり方として(1)団結第一(2)大衆直結(3)たゆまざる自己研さん(勉強)―の3点を示され、「大衆とともに語り、大衆とともに戦い、大衆のために戦い、大衆の中に入りきって、大衆の中に死んでいっていただきたい」と訴えられた。

松あきら副代表 この一節が「大衆とともに」との立党精神として受け継がれているわけですが、先輩議員の多くの皆さまがそのままそらんじていましたね。私自身も苦しいとき、困ったときほど自然と思い返されて「よし頑張ろう」との気力が湧いてきます。

白浜一良副代表 当時は自民党と社会党(当時)による「55年体制」。東西冷戦の国内代理戦争といわれ、不毛なイデオロギー対決に終始しており、その政治姿勢も片や大企業、片や労働組合の利益を代表する政治がまかり通っていた。一般庶民の声を聞いてくれる政党、政治団体が一つとしてない。しかも両党は党内で派閥抗争に明け暮れている。そうした政治状況の中で「団結」「大衆直結」との指針を示された。

太田 講演を読み返すたびに、「庶民の声を代弁する政党や政治家はいないのか」との声を受けて、創立者が庶民不在の政治は断じて許さないと獅子吼されたのだと思う。大会に参加された方々は「大衆から遊離した今までの既成政党の議員と同じであってはならないとの講演に、身の引き締まる思いがした」と、異口同音に語っている。

斉藤
当時の大会に参加された方は今、全員が70、80、90歳代の高齢ですが、草創の志を胸に、地域のためにお元気で活躍されている姿を各地で拝見します。講演では、初めに「生涯、永久に公政連は団結第一でいっていただきたい」。派閥や反目のようなことがあれば、「大衆の政治団体ではない」「即座に解散すべき」とも言い残された。

山口
ともすれば政治家は、党内の主導権争いやイデオロギーの対立など、国民とは懸け離れた次元で争いを繰り返す。だからこそ、「何のため、誰のための政治家か、議員か」という原点を銘記するとともに、「大衆とともに」という一点で団結することが最も大事だ。実際に公明党は、どこまでも大衆に尽くすという理念に立脚し団結をしてきた。反対に、理念があいまいな政党はいずれ崩壊していく。これは日本の政党の離合集散、派閥抗争の歴史からも明らかだ。

3点目の「自己研さん」については「政治の面の勉強、あらゆる知識の吸収、いろいろな指導者と会っての勉強、さまざまな勉強をしきっていただきたい」と切望されています。庶民を守り抜くだけの力をつけていきなさいと。

白浜
もちろん「勉強」というのは、単なる座学ではない。「一流の政治家たれ」との創立者の熱い期待が込められているわけで、政治家として、指導者として、成長しないと青年がついてこない。自らがどこまでも成長し、後輩を育てる人になってもらいたいと強調されている通りだ。

井上 もう一点、「選挙民として、全員が堂々と民衆のために戦っていけるように、一生懸命、この身を惜しまず選挙に立たない同志と一緒に、皆さん方を応援しますから、皆さん方も安心しきって戦いきっていっていただきたい」と、政治の世界に送り出す側の立場から話されている。それだけ公明党の議員は、深い期待を背負っているとの自覚に立つべきだ。

山口 まさにそこは、公明党の全議員が自覚を新たにすべき点だ。「団結」「大衆直結」「研さん」の3指針から外れ、立党精神を忘れたら、もはや公明党の存在意義はなきに等しいと肝に銘じておきたい。

現場に徹し、政策実現
震災対応で 立党精神の意義を再確認


白浜一良副代表 松あきら副代表 斉藤鉄夫幹事長代行

白浜
「9.13」から約2年後の昭和39年11月17日に公明党は結成された。当時は党に対する斜に構えた見方も多かったが、「広範な政界浄化への訴えと、地道な地方自治への貢献が、しばしば地域住民の好評を博してきた」(同年11月19日付「読売」社説)との適切な論評もあった。

結党当時、すでに参院では自民、社会両党に次ぐ第3勢力を占め、地方議員も1200人以上を擁していました。

太田
国民大衆の衆望に応えて、「大衆とともに」の立党精神を胸に刻んだ公明党議員が全国各地に躍り出た、と言える。まさに大地に雨が降ると草木が芽吹くように。

井上 確かに公政連の時代から、全国に「生活相談所」「市・区民相談所」を開設したり、1軒1軒訪問する形で、住民の悩みや要望に耳を傾けてきた。当時の既成政党の議員には見られなかった草創期の活動は、政治に新風をもたらした。

山口 住民相談はわが党の草創期からの伝統と言える。今では、全国3000人の議員に寄せられる相談件数は年間100万件近くに達する。これほど“草の根”に徹した政党は公明党の他にない。

斉藤 公明党の実績の多くが、そうした住民相談から生まれている。義務教育の教科書無償配布に始まり児童手当、白内障手術の保険適用などと続く公明党の実績は、「大衆とともに」歩む公明党らしい、大衆の願いを実現した政策だ。

最近の子宮頸がん対策やアレルギー疾患対策の充実なども、地方議員が受けた住民相談をきっかけにしています。地方議員から国会議員に伝えられ、国全体の政策として大きく前進していますね。

太田 住民相談とともに、総点検運動や「調査なくして発言なし」の実践も党の伝統的な特色だ。何か事が起これば「まず最前線へ」。現場第一主義だから、災害や事故が起これば真っ先に飛んでいく。この点も他党にはない公明党の優れた特長だ。

どこまでも被災者に寄り添う

昨年「3.11」の東日本大震災では、公明党の議員一人一人に「大衆とともに」の立党精神が脈々と受け継がれていることを、あらためて実感しました。

井上 私も13日の未明に仙台に到着したが、地元議員は自らも被災しながら、懸命に被災者の激励、救援に駆けずり回っていた。被災者に寄り添って一つ一つ具体的な要望を聞き出し、きめ細かく対応する姿は、まさに「大衆とともに」の姿勢そのものだ。

斉藤 福島の避難所を訪れたとき、地元議員さんが至る所から声を掛けられたり、「絶対に一緒に帰ろうね」などと声を掛けている姿を見て、本当に感動した。公明党議員のかがみだと。

白浜 全国に広がる公明党のネットワーク力、チーム力も大いに発揮された。被災直後、原発の冷却作業に投入された“キリン”と呼ばれる生コン圧送機は、党に寄せられた声をすぐさま国に伝えて実現した。「化粧品が欲しい」「自転車が必要だ」などの声を聞けば、全国から物資を届けた。

太田 「遅い、鈍い、心がない」対応を繰り返してきた民主党政権を突き動かしてきたのも、われわれ公明党の闘いだ。私も直接、水産庁や中小企業庁などに申し入れを行ったし、復興基本法をはじめとした震災関連の法律も、最も現場をよく知る公明党の案が軸となって成立した。被災地の首長も「現場の声が確実に国政に届いていく公明党」(村井嘉浩・宮城県知事)と高く評価している。

山口 被災地の地方議員が聞き取った要望を直接政府に申し入れたり、必要があれば法律・制度を公明党がリード役となってつくる。震災関連で成立した議員立法は昨年だけで16件にも及んだ。多くの識者が「もし公明党がなかったら復旧・復興はもっと遅れたろう」と指摘された。この震災対応で「大衆とともに」の立党精神が試され、その今日的な意義が立証されたと言っていい。

現実感覚ない民主党政権

井上 全く同感だ。あらためて思うのは、地元の公明党議員は毎日のように避難所に行って、住民と接している。要望を聞けば、次に会うときには何らかの答えを返さないといけない。それが政治のリアリティー(現実感)というものだが、現場に入っていない他党の議員には、こうした感覚があまりにも乏しい。

白浜 特に、民主党政権はリアリティーがなさ過ぎる。現場を知らな過ぎる。一体どこを向いて政治をやっているのか。

太田 今の政治は“急所”が外れている。現場で一番、悲鳴が上がる急所に手が打てていない。だから「何をやっているのか分からない」となる。政治は大衆の幸福のためにある。公明党の議員は「大衆とともに」の立党精神によって、急所を捉える力が培われてきた。

井上 確かにその通りで、公明党は議員ネットワークがあるから、つくった法律が実際に運用されると現場でどうなるか、庶民の生活はどう変わるのか、そういう往復思考ができる。それが公明党の強みだ。

山口 与党として責任を持って政権を担ってきた経験も非常に大きい。ネットワーク力がさらに磨かれることになった。住民の要望を単に行政に伝えるだけでなく、大衆の声を政策にして、自分たちで法律や条例をつくり、予算をつけて実現する。制度ができてからも、さらに改善・拡充するサイクルを確立できた。大きな進化だ。

白浜 今の政治状況は、50年前と非常によく似ている。2大政党が大衆の声を代弁できていない。さらに最近の世論調査では無党派が常に“第1党”となり、民主、自民の2大政党の支持率を足しても3割程度だ。

井上 だからこそ、今の政党や政治家には現場の声を拾い上げて、一つの政策にまとめあげていくという力量が求められている。これは、まさしく公明党が常に取り組んできたことであり、それができるのが公明党だ。

「日本の柱」の重責担う
民衆、社会を照らす“太陽”に


山口 ところで、政党の役割は、民意を吸収する、そして自ら練り上げた政策を国民に説明し理解を求める。この二つの作業を通じて国民合意をつくり出すことが役割とされているが、この機能が弱まっているのではないか。

斉藤 社会保障と税の一体改革の問題も似たような側面がある。消費増税は国民の負担になるけれども、長い目で見れば国民の安心を守るために必要だという判断をしなければならない。日本の社会保障予算は毎年1兆円ずつ増大している。この財源をどうするのか。すでに国の予算の半分は国債という借金に頼っており、今の世代の社会保障を支えるため、将来世代にツケを回している状態だ。

なぜ今、消費増税を決めなければならないのか。これが国民の声です。しかし、衆参両院の大多数を占める民主、自民だけに増税を進めさせると、社会保障の充実が後回しにされてしまう心配がある。そこで、公明党は修正協議に加わり、「増税前に社会保障の全体像をはっきりさせる」「防災・減災対策を講じて景気を回復させる」「増税時には必ず低所得者対策を実施する」という合意をつくりました。

斉藤 今後、社会保障の充実に加えて軽減税率の導入など低所得者対策の確実な実施、中小企業が増税分を価格転嫁しやすい法的措置などの実現に力を入れていきたい。

井上 公明党は、庶民のために粘り強く取り組み、政策を実現する党だ。ただただ政府批判に徹する共産、社民とは違う。社会保障は人間の一生にかかわる政策課題であり、長期的な視点に立って考えなければならない。短期的には負担増だったり、不利益に見えても、最終的に庶民、大衆の利益や生活を守るという点で、政治が責任を持って結論を出すことが非常に重要だ。

山口 その通りだ。そして、結論を出したからには国民に説明責任を果たさなければならない。それを放棄すれば「大衆とともに」とは言えない。そこがポピュリズム(大衆迎合主義)とは本質的に異なるところだ。 

政党に求められる説明責任

消費増税に対しては私も女性なので、家計を預かる主婦の皆さんから、いろいろなご批判やご意見をいただいていますが、将来の日本のために決断したのですと、信念を持って一生懸命、説明をしています。

白浜 説明責任は本当に大事な政党の役割だ。今の政治にはリアリティーと現場主義的な発想がない。マスコミ報道の影響もあって生活の現場と懸け離れた疑似的な現実感というものに支配され過ぎている。だから、テレビに露出しようとばかり考える政治家が増える。政党、政治家とは本来、実際の生活感覚を持っている国民一人一人と接点を持って、その力を引き出して政策化していくべきだ。

太田 八方美人の政治は必ず八方ふさがりになる。リスク(危険)を負ってもやり抜く政治、ブレない政治が今こそ求められている。それには相当の勉強量が必要だし、現場の意見を吸い上げる力、説得する力など、さまざまな力量が必要だが、それが今の政治全体として劣化しているように思う。それは政治家全体に課せられた課題ではないか。

白浜 公明党の結成大会では会場に「日本の柱 公明党」「大衆福祉の公明党」の垂れ幕が掲げられていた。「日本の柱」というのは責任政党たれ、日本の政治に責任を持てということだ。「大衆福祉」も狭い意味ではなく、国民の生活に責任を持つんだと受け止めるべきだ。これは「大衆とともに」の立党精神と“一対”の関係だ。

山口 公明党はこの半世紀、日本政治の中で日本の柱として、団結第一に、ブレない政治を貫いてきた。だから「公明党の言うことはまともだ」「小さい党だけれども合意形成の一番の軸になっている」「“要党”的な存在」との声が寄せられている。今、ブレない政治の価値が再評価されているが、これからも、もっと太い柱になっていくことが必要だ。

井上 大震災の対応でも証明されたように、公明党はいかなる時代であっても地域になくてはならない存在だ。次の50年に向けて、公明党という旗をきちんとバトンタッチしていかないといけない。

太田 公明党のロゴマークは太陽だが、公明という字には「公に明るい太陽」という意味も込められている。公明党には、民衆を照らし、社会を照らす役割がある。公明党議員は常に心に太陽を昇らせて、庶民、大衆を照らしていく。議員、党員はそういう存在でありたい。

山口 誇るべき立党精神を今一度、胸にたぎらせ、次の戦いの勝利に向けて大衆の中に飛び出していこう。

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