主張大飯原発再稼働 許されぬ国民不在の決定

公明新聞:2012年4月28日(土)付

あまりに拙速で無定見 「福島」教訓に安全の新基準を

あまりに拙速、無定見で、「はじめに結論ありき」の印象が拭えない。「福島」を経験した国民の意思や感情とも真っ向対立している。

定期検査で停止中の関西電力大飯原発3、4号機(福井県おおい町)について、政府が「新たな安全基準を満たしている」として再稼働の方針を決めた。

だが、その「新基準」とやらをまとめるのに費やした時間はわずか2日間。野田首相ら関係閣僚の協議も10日余りで切り上げるという慌ただしさだった。内容も既に実施中の暫定基準の寄せ集めにすぎず、まさに一夜漬けの代物。そんないい加減な「安全基準」に基づく再稼働など、到底、認めるわけにはいかない。

それにも増して理解できないのは、東京電力福島第1原発事故との“絡み”だ。事故の検証はまだ終わっていない。「収束」への道筋も依然見えていない。放射能をめぐる混乱も福島県はじめ全国で続いている。そんな状況下で、なぜ再稼働にひた走るのか。佐藤・福島県知事ならずとも「原発事故の厳しさが分かっていない」と叫びたくなる。

中でも、あきれるのが、原発政策を担当する枝野経済産業相の無節操ぶりだ。つい数カ月前まで「原発ゼロでも夏は乗り切れる」としていたのが、今は「原発が稼働されないまま夏を迎えると2割程度の電力不足になる」と危機感を煽ってやまない。福島事故直後、官房長官として情報発信をミスリードし続けた姿があらためて思い返される。

議論を尽くさず、一方的に結論を急ぐ民主党政権の政策決定プロセスは、消費税増税やTPP(環太平洋連携協定)などの重要課題でも同様だ。その未熟にして稚拙な政治手法が国民の政治不信を増幅させていることを憂える。

早い話、首相や経産相の「再稼働に政府が責任を持つ」との発言をどれだけの国民が信じているだろうか。信頼を失った政権に振り回される国民はたまったものではない。

公明党は再稼働そのものに反対しているわけではない。その前にやるべきことがあると言っているのだ。まずは福島事故原因の徹底解明と、そこから得た教訓に基づく新しい安全基準作り。原子力規制組織の整備や防災指針の見直しも先決事項だ。段階的な「脱原発依存」社会の構築に向けた工程表も必要だろう。

再稼働の是非は、これらの施策を着実に推進する中で、広範な国民の議論を経て判断すべきテーマだ。国民の理解と納得が大前提であることを重ねて強調しておきたい。

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