コメ助の部屋

コメ助イラスト

七草がゆ

1939(昭和14)年、宮内庁の「全国郷土料理調査」で、日本の代表的な郷土料理として選ばれた5つのごはん料理のことを「日本五大銘飯(にほんごだいめいはん」と呼ぶんだヨネ。
いったいどんな、ごはん料理なのかな…。さっそくコメ助が調べて来たコメ!

  

幕末の著名人の提案から生まれた 埼玉県・小川町の「忠七(ちゅうしち)めし」

 一つ目は、埼玉県小川町で江戸時代末期から食べられている郷土料理の「忠七めし」。温かいごはんに刻んだ海苔をのせ、さらしネギ、わさび、柚子などを薬味に、かつお節でとった熱いつゆを注いでお茶漬けのようにいただくんだコメ。
この料理は、幕末の幕臣で、剣、禅、書の達人としても知られた山岡鉄舟(やまおかてっしゅう)の提案から生まれたんだヨネ。鉄舟の依頼に応え、試行錯誤の末に料理を考案したのが、割烹旅館の当主だった忠七さんという人。その名をとって「忠七めし」と名付けられたんだコメ。

働く人たちの人気ランチ 東京都・深川地区の「深川(ふかがわ)めし」

 現在の東京都江東区にあたる深川地区一帯は江戸時代、漁師の町として栄えたところ。良質のアサリがたくさんとれたから、漁師さんたちは忙しい漁の合間に、アサリのむき身を味噌で煮てごはんにかけた“あさりのぶっかけごはん”をよく食べていたんだヨネ。この漁師さんたちのまかないごはんが「深川めし」のルーツだと言われているんだコメ。「深川めし」にはもう一つ、アサリをしょう油味で炊き込んだ炊き込みご飯もあるんだけど、こちらは職人さんたちがお弁当として持っていけるようにと考えられたらしいんだコメ。「深川めし」は、江戸で働く人たちの人気ランチメニューだったのかもしれないヨネ。 江戸の町

いろいろな具を一度に食べられる 大阪市・難波の「かやくめし」

 お米といっしょに野菜などを調味料で炊き込む「炊き込みご飯」のことを、大阪では「かやくご飯」と呼ぶんだヨネ。「かやく」は、主役であるお米にあわせる具のこと。漢字では「加薬」または「加役」と書くんだけど、もともとは漢方の用語で、漢方薬の効果を上げる補助的な薬のことを意味するんだコメ。
大阪の庶民に「かやくめし」がとても浸透したのは、豊富な具材をむだなく使える合理的なところが好まれたんじゃないかとも言われているコメ。もちろん一番の理由は、おいしいからだヨネ。

サンマなのに、名前はサヨリ? 岐阜県の「さよりめし」

 「さよりめし」は、岐阜県の可児市周辺で昔から食べられている郷土料理で、サンマを用いた炊き込みご飯のことなんだヨネ。サンマなのに「さよりめし」ってどういうこと? 不思議に思って調べてみたら、海のないこの地域では昔、海の魚の種類もあまり知られていなかったので、細長い魚のことはみんな「さより」と呼んでいたんだコメ。なるほど、そういう理由だったのか…。そして、この地域で海産物がぜいたく品だった時代、塩漬けのサンマをご飯と炊きこんだ「さよりめし」は、秋の収穫を祝う縁起物として食べられていたそうだコメ。

具が入っているのを隠したかった⁉ 島根県津和野地方の「うずめめし」

 島根県の津和野地方で、江戸時代から食べられている郷土料理。さいの目に切り、塩やしょう油で煮たシイタケ、ニンジン、かまぼこ、高野豆腐などをごはんにのせ、刻んだ海苔、わさび、三つ葉などの薬味を加えて、熱いだし汁をかけていただく。具材は地域によってはいろいろで、魚や肉を入れるところもあるんだコメ。
「うずめ」と呼ばれるようになった理由は正確に分かってはいないんだけど、「ごはんに具を埋める=うずめる」から「うずめ」と呼ばれるようになったという説があるコメ。なぜそうしたのかは、津和野藩主がぜいたくな食事を嫌っていたため、おかずをごはんの中に隠して食べたんじゃないかって言われているんだヨネ。 うずめめし

今月のコメ助の調査レポート

 地域の産物を活かして、風土にあった食べ物として作られてきた郷土料理。知恵や工夫はそれぞれだけど、おいしさが今も受け継がれているのはいっしょだヨネ。 食欲の秋、そしてまだまだ新米がおいしい季節。お米が主役の料理を、この機会にいろいろ試した稲!

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