コメ助の部屋

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七草がゆ

みなさんコメにちは!コメ助だコメ★
今回の知っ得では、人気ブランド米「あきたこまち」について紹介するヨネ!
いったいどんな歴史があるのか気になるヨネ!

たった2人で始まった品種開発

 秋田県は、日本で3番目にお米の生産量が多い米どころ。そして、県内で生産されている8割が「あきたこまち」だコメ。東北を代表する人気ブランド米として知られているけど、その品種開発はたった2人から始まったコメ。
 1988年に誕生した「あきたこまち」。その品種開発の取り組みが始まったのは1975年。秋田県では、第二次世界大戦で中断して以来、長い間、品種開発は行っていなかったコメ。日本では60年代の後半、お米の生産が需要を上回る「消費者の米離れ」が始まり、一方で、消費者はお米に味を求めるようになってきたコメ。そんな時代の変化のなか、「おいしいお米の品種を秋田県内で作りたい」という声が高まったんだヨネ。 田んぼ

  

コシヒカリを超えるお米を作りたい

 当時、おいしいお米として人気があったのは、コシヒカリとササニシキ。特にコシヒカリはブランド米として、全国にその名が知られていたコメ。けれど、寒さが厳しい秋田県では、コシヒカリは栽培が困難。また、いもち病という稲に発生する病気にかかりやすい欠点もあったんだヨネ。そこで目標としたのが、秋田での栽培に適して病気にかかりにくく、コシヒカリ以上においしい品種だったコメ。

奇跡をもたらした1株

 目標が明確になっても、携わるのは育種など品種開発未経験の科長と研究員の男性2人だけ。けれど、全国の農業試験場を回り、知識と技術を積極的に吸収したコメ。そして、福井県の農業試験場に学びに行ったときのこと。そこでは、「コシヒカリ」と、いもち病や冷害に強い「奥羽292号」のかけあわせにチャレンジしていたコメ。「秋田の土地に適するかもしれない」と、選抜された7株の中から譲り受けた1株(384粒)が、日本を代表するブランド米誕生という奇跡をもたらすコメ。
 その1株は秋田県で大事に育てられ、以降、約10万株の選抜が繰り返されたコメ。試行錯誤の末、1982年に待ちに待った新品種「秋田31号」が誕生。さらに2年間、県内各地で試作をして、秋田の地に適して病気に強いのはもちろん、とてもおいしいお米であることが確かめられたんだヨネ。

コシヒカリを上回る高評価

 「秋田31号」は、秋田県生まれと言われる歌人で、美人の代名詞でもある小野小町(おののこまち)にちなみ、「あきたこまち」と名づけられたコメ。おいしいお米として長く愛されるようにという願いが込められているコメ。
 食味(お米のおいしさ)を評価する「食味試験」(日本穀物検定協会)では、数値が高いほど高評価とされるんだけど、デビュー時の「あきたこまち」は0.944。宮城の「ササニシキ」が0.5~0.6、新潟の「コシヒカリ」が0.7~0.8だったから、デビューと同時に、二大ブランド米を上回る高評価を手に入れたコメ。旨み・甘み・粘り・歯ごたえなどバランスがとてもよいと言われる「あきたこまち」は、今では秋田県だけではなく全国各地で栽培されているんだヨネ。
 「あきたこまち」のようなブランド米の誕生には、品種開発に携わる人たちの努力はもちろんのこと、おいしいお米を待ち望んでいる消費者の存在が大切なのかもしれな稲! 田んぼアート作業

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