公明党トップ / ニュース / p57405

ニュース

2020年3月11日

コラム「北斗七星」

時計の針が、午後3時37分を指したまま止まっている。その時、東日本大震災の大津波が襲来したのだろう。児童74人、教職員10人が犠牲となった宮城県石巻市立大川小学校。校舎前で児童遺族の語り部が写真を見せてくれた◆午後2時46分の発災から51分間。雪の舞う寒い校庭で、子どもたちは、どれほど怖い思いをしたことか。親たちは「学校にいるから大丈夫」と自らに言い聞かせ、子どもらの無事を祈っていただろう◆学校の裏には、児童が体験学習で訪れる緩やかな山がある。ラジオや市の広報車は、津波からの避難を連呼していた。避難開始は、黒い波にのまれる1分前。向かった先の北上川は既にあふれていた◆「先生、山さ逃げっぺ」。泣きながら訴えた子どももいたという。大川小学校の防災マニュアルには、津波の際の避難先は空き地や公園と記載。だが、具体的な場所は決まっていなかった。「命を守るのは山ではなく、山に登るという判断と行動」「事前の備えと教職員の適切な判断があれば救えた命だった」。同校で次女を失った佐藤敏郎さんはこう訴える◆あの日、救えた命、救えなかった命、救いたかった命、輝いていた命と向き合い、何ができ、何をすべきか考えたい。いつか、どこかに来る“あの日”の災害から、未来の命を守るためにも。(川)

公明新聞のお申し込み

公明新聞は、激しく移り変わる社会・政治の動きを的確にとらえ、読者の目線でわかりやすく伝えてまいります。

定期購読はこちらから

ソーシャルメディア