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東日本大震災9年 復興五輪 福島を感じて
若き情熱が浜通りに聖火リレー呼ぶ
福島・広野町のNPO法人「ハッピーロードネット」
昨年3月、東日本大震災と東京電力福島第1原発事故からの復興に挑む福島県浜通り地域に最高の“贈り物”が届いた。東京五輪の聖火リレーが、サッカー施設「Jヴィレッジ」(楢葉町、広野町)から出発し、被災地を巡ると決まったのだ。その背景には、桜と若者とおばちゃんの物語があった。(東日本大震災取材班 文=所正夫、写真=江越雄一)
国道6号沿いに桜植樹
桜色に染まったのぼりが風ではためく。ジャージに軍手、苗木にスコップ。慣れない手つきで桜の植樹に挑む高校生たち。「あー、腰が痛い」と弱音を吐くメンバーに、すかさず「おばちゃんの私が大丈夫なんだから、気合いを入れなさい!」と、笑い混じりの活が入る。
声の主はNPO法人「ハッピーロードネット」(福島県広野町)の西本由美子理事長だ。震災避難者の帰還を明るく迎えるため、2013年1月から、浜通りを南北に貫く国道6号沿いに、2万本の桜を植える活動に地元の若者と取り組んでいる。
ある日、高校生の一人がこう言った。「浜通りに聖火リレーを呼びたい」。東京五輪は、震災からの復興状況を世界に示すとともに、各地からの支援に感謝を表す「復興五輪」との理念を掲げている。ならば、津波と原発事故に負けず、浜通りで誇らしげに咲く桜を見てもらってはどうか。そんな願いからだった。
13年当時は、今よりも原発事故の風評被害が強く、通常ならば一笑に付された提案だったかもしれない。
しかし、西本理事長は「うん、やろう。君たちとなら、できるかもね」と快諾した。それから、マスコミ関係者や自治体を巻き込んだ誘致活動が始まった。16年春には、安倍晋三首相に直談判。その成果が、昨年3月の聖火リレールート決定につながった。
30年後の故郷見据え 青年と歩む
元はといえば、桜の植樹活動自体は震災前、高校生と立てた企画だった。中心者は、国道6号の清掃活動などに積極的に参加していた活発な女の子。しかし、震災の津波が無情にもその命を奪った。11年冬に始める予定だった活動は、無期限延期となった。
どうすればいいのか……。誰もがそう思ったが、止まった時が唐突に動き出した。富岡町夜ノ森地区の美しい桜並木をテレビで見た時、西本理事長の目から涙が止めどなくあふれた。「亡くなったあの子のためにも、故郷を桜でいっぱいにしたい」。腹をくくり、活動を始めた時、震災から1年10カ月がたっていた。
原発の廃炉、放射能の除染、住民の帰還――。福島の復興の道のりは長期にわたる。植樹活動の際に携えるのぼりにも、「30年後の故郷に贈る」と書かれている。「30年後に贈る」のは桜であるとともに、浜通りの復興の主役となる青年でもある。
南相馬市の高校3年生、酒井郁澄さん(18)は期待の星だ。ハッピーロードネットが主催した、海外訪問事業への参加をきっかけに、植樹活動に汗を流す。「浜通りに聖火リレーを呼んだ桜の力は本当にすごい。福島のため、自分に何ができるかを考え、これからも活動を続けていく」と決意する姿が頼もしい。
聖火リレーや将来を担う若者の成長という明るいニュースがある半面、西本理事長はこうも話す。「震災から9年。やっと一歩を踏み出せた人や、今も迷っている人がいる現実を忘れてはいけない」
9年の歩みたどる巡礼地図
浜通りの聖火リレールートは、福島復興の巡礼地図でもある。グランドスタート地のJヴィレッジは、東京電力福島第1原発事故の対応拠点に活用された、まさに“復興の象徴”だ。広野町では、復興を担う人材の育成へ2015年に開校した「県立ふたば未来学園」が出発地に決まった。
聖火のトーチ燃料に使用される水素を再生可能エネルギーで製造する「福島水素エネルギー研究フィールド」(浪江町)もルート入りした。このほか、津波被災地や原発事故の帰還困難区域を抱える自治体を巡り、福島の現状を世界へ発信する絶好の機会となる。











