ニュース
(東日本大震災15年)“自分事化”が「まさか」防ぐ
津波「101回目も必ず逃げて」
教訓の継承は“東北の使命”
国土技術研究センター理事長 徳山日出男氏に聞く
2011年の東日本大震災から間もなく15年。未曽有の大災害が残した多くの教訓に基づき各地の防災・減災対策は着実に進んだ。一方、毎年のように起こる自然災害の被害実態を見れば、大きな教訓の一つである「想定外(まさか)をなくす」ことの難しさを痛感せざるを得ない。次なる災害からどう命を守るか。徳山日出男・国土技術研究センター理事長(元国土交通事務次官)は「災害の“自分事化”こそが行動変容を促す決め手になる」と熱を込める。
――震災15年の今、感じている課題は。
徳山日出男理事長 東北の使命は二つある。復興の途上にある自分の地域をどうしていくか。もう一つは、教訓を他の防災対策に生かせるかどうかだ。この点、記憶の風化は確実に起こっていて、多くの伝承施設の入館者数は23年頃から減少傾向だ。語り部の高齢化や熱意ある館長のリタイア、首長交代による補助縮小など課題は多い。
04年の新潟県中越地震の教訓を継承するために作られた「中越メモリアル回廊」は、自治体をまたぐ複数施設をネットワーク化して伝える仕組みであるが、20年間を前に活動が縮小してしまった。東北もあと5年で、半数以上の伝承施設で採算が取れなくなるだろう。
災害の教訓を継承することの難しさは、18年の西日本豪雨の被災地でも見られた。広島県坂町小屋浦地区では、土砂崩れで犠牲者が出たすぐ脇に、1907年の水害を伝える石碑があった。
岡山県倉敷市真備町でも、130年以上前の水害で200人以上が亡くなった際の供養塔が、当時と同じ4メートルほどの高さまで水に漬かった。先人は「ここまで水が来る」と伝えたかったが、その思いはかなわなかった。堤防整備なども進んだが、自然の力は時にそれを上回る。
――教訓が息づき助かった例もある。
徳山 岩手県釜石市鵜住居地区の小中学校に居た全児童・生徒が避難できた「釜石の奇跡」は有名だが、あれは防災教育と訓練の成果として「高をくくらなかった」からだ。「100回逃げて、100回来なくても 101回目も必ず逃げて」。同市の中学2年生が考えた標語をどう受け止めるか。「まさか」は必ず来るとの意識の変革が最大の備えとなる。
■首都直下30年以内に70%、20秒生き延びる備えこそ
記憶の風化により、東北の伝承施設の来館者数は減少傾向にある=2019年9月 岩手・陸前高田市
――“自分事化”する難しさとは。
徳山 能登半島地震の2カ月後、東北の語り部の方と話していたら「私たちの10年は何だったのだろう」という後悔の念を耳にした。いわく、「能登でも多くの死者が出てしまった。誰にも同じ目に遭ってほしくないから、ちゃんと備えてと伝えてきたのに」と。要は、群発地震が発生していた能登でさえ「まさか」が多発し、情報はたくさんあるのに自分事化ができていなかったわけだ。
また、例えば首都直下地震は、30年以内に70%の確率で発生すると想定されている。住宅の火災保険を使う確率よりも高いのに備えが進まないのは、どこかで考えるのを避けているからだろう。
阪神・淡路大震災も直下型地震で死者の80%以上が圧死した。直下は20秒くらいしか揺れない。水や食料の備蓄も大事だが、それは生き延びた後の話で、その20秒をどう生き延びるかの備えが大切だ。家具の固定や感震ブレーカーの設置、住宅の耐震化といった具体策の実行が欠かせない。
こうした知識があっても行動に結び付かない人が少なくない。“自分事化”につなげる一助として、地域における災害の教訓を分かりやすく伝える施設や活動を防災担当相、国土交通相が認定する「NIPPON防災資産」の取り組みが2024年5月に始まった。国土技術研究センターが事務局を担っている。
優良認定された取り組みの一つが、240年ほど前の浅間山噴火の教訓を次代に継承する活動。群馬県嬬恋村(旧鎌原村)の「鎌原区・鎌原地区活性化協議会」が郷土資料館などと連携しながら語り部活動を続けている。
■救援、復旧・復興に不可欠/強い道路が地域の命綱
発災直後から、救援ルートの確保へ道路のがれきを撤去する「道路啓開」が各地で展開された=2011年3月 宮城・塩釜市
――国土交通省東北地方整備局長として、大震災の初動対応を指揮した立場から道路インフラの重要性をどう見るか。
徳山 大津波で道路が寸断されて沿岸部が孤立する極限状態の中で発災翌日から断行したのが、いわゆる「くしの歯作戦」だった。内陸部を南北に貫く東北自動車道と国道4号から「くしの歯」のように沿岸部に伸びる何本もの国道を、救命・救援ルートの確保に向けて切り開くことが急務だった。
大津波警報が出されたままで二次災害のリスクがあった。それでも、沿岸部の県立病院では自家発電の備蓄燃料が3日で切れるはずで、一刻を争った。まさに命を守る道路であり、インフラの強靱化が大規模災害への備えに不可欠だと痛感した。
――15年の歳月で対策は進んだか。
徳山 15年間で災害対応は大きく前進した。ハード面では、単なる復旧を超えた「ビルド・バック・ベター」が進み、堤防や道路は発災前よりも基盤が充実した。中でも、三陸沿岸道路(三陸道)は平時から活用され、釜石港(岩手・釜石市)での24年のコンテナ取扱量が10年比で約60倍に伸び、地域に活力を生んでいる。
能登半島地震では、毛細血管のような生活道路の前に、動脈となる強い道路が1本必要だった。道路が復旧しないと、ガスも水道も電気も直せない。三陸道が津波に耐えて命綱となったように、能越自動車道が強い耐震規格の道路として完成していれば、救援活動や復旧・復興に役立ったはずだ。
ソフト面でも、道路法や河川法の改正により、都道府県や市町村に代わって、道路や河川の復旧工事を代行できる制度が創設。災害対策基本法も改正され、災害時に道路をふさぐ「放置車両の撤去」も可能となった。災害後に法改正がなされる現状を鑑みればこそ、事前防災の重要性が、いや増して問われている。
とくやま・ひでお
1957年岡山県生まれ。東京大学工学部卒。建設省(現国土交通省)入省後、2011年1月から東北地方整備局長を務め、東日本大震災後の初動対応など現場の陣頭指揮を執った。国交省道路局長、同事務次官などを経て現職。工学博士。
<解説>■防災意識、横ばい傾向/家具・家電の固定38%/内閣府調査
内閣府が2025年12月に発表した「防災に関する世論調査」(複数回答可)では、災害に備える“自分事化”の遅れが目立った。
大地震に備えた対策に向けては「食料・飲料水、日用品、医薬品などを準備している」が46.1%、「家具・家電などを固定し、転倒・落下・移動を防止している」が37.6%に上った。備蓄品の確保といった手軽な対策でも半数に満たない状況に。家具・家電の固定や、家族の安否確認の方法の決定など、作業・行動の手間が増えるものほど備えが遅れる傾向が見られた。
一方、家具・家電を固定できていない理由に関しては「やろうと思っているが先延ばしにしている」(38.2%)が最多となり、「面倒だから」(20.7%)が続いた。
全体を通じて25年の調査結果は、前回調査の22年と比べて多少の増減はあるものの、横ばい傾向に。行動を伴う防災意識の向上が、いかに難しいかを端的に表している。











