ニュース
人間主義の政治ここにあり(上)
生命の尊厳守る
一人一人の幸福こそ、政治の真の目的であるべきだ。国家のために国民がいると見るのではなく、どこまでも「人間そのもの」に焦点を当てるのが「中道主義」の政治であり、まさに公明党が掲げてきた「生命・生活・生存を最大に尊重する人間主義」に他ならない。「強い経済」「強い国家」が標榜される今、ますます重要性が高まる中道主義の政治の実例を紹介する。
イタイイタイ病
苦しむ人に光ともす
初の公害病認定、執念の闘い
公害追放全国大会でイタイイタイ病患者(右端)を支える矢追氏=1970年9月 東京・千代田区
高度経済成長の陰で各地に「公害病」というひずみが深刻化していた時代、社会の片隅に置き去りにされていた患者のために立ち上がったのが公明党だった。最たる例が、国による初の公害病認定(1968年5月)となった富山県神通川流域の「イタイイタイ病」だ。
骨が極端にもろくなって骨折を繰り返し、痛みで泣き叫ぶ声が病名の由来で、“風土病”とも言われていた。実際には、河川上流の鉱山から流れ出る排水に含まれる貴金属・カドミウムが原因だったが、大企業に弱い政府当局や地元関係議員は黙視していた。
「こんなことが許されてたまるか!」と、初めて国会の場で取り上げたのが、公明党の矢追秀彦参院議員(当時)だ。公害病認定を迫る公明に対し、政府は「原因が分からない」の一点張り。それでも一歩も引かず、現地調査を重ねながら患者の声を拾い上げ、何度も国会で訴える中、ついに国が公害病に認定。これが突破口となり、水俣病など、その他の公害病の認定につながった。
ハンセン病訴訟
辞表胸に控訴断念を直談判
日本で1907年から96年まで続いたハンセン病患者に対する隔離政策。差別や偏見に苦しんできた元患者が起こした国への訴訟で、2001年5月に熊本地裁が隔離政策を憲法違反と認め、国に賠償を命じた際、異例とも言える「控訴断念」の道を開いたのは、坂口力厚生労働相(当時、公明党)だった。
国は当初、通例に従って控訴の構えを見せていた。坂口氏は、役人という役人が反対する中、辞表を懐に忍ばせながら小泉純一郎首相(当時)に控訴断念を直談判。公明党も人道を優先するべきだと政府に強く申し入れた。
その結果、控訴断念が実現し、坂口氏の政治姿勢は「厚労相『人権』貫く」(01年5月24日付「朝日」)と評された。
徹して現場に飛び込み、苦しむ人に寄り添う――。こうした政治家群のさらなる登場が、今こそ求められている。









