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島民の命と暮らし守る
公明が尽力、本土と橋で結ばれた「島」の今
東日本大震災14年6カ月
東日本大震災の大津波で甚大な被害に遭った宮城県の離島・出島(女川町)と大島(気仙沼市)。震災前、本土への交通手段が船舶のみだったため、救急医療の対応や利便性向上のため、島民からは長年、架橋が望まれてきた。公明党宮城県本部(代表=庄子賢一衆院議員)は、島民の命と暮らしを守ろうと島と本土を結ぶ橋の建設へ尽力。島民懇談会を開き、現地調査を重ね、党のネットワークで県、国へ整備を粘り強く働き掛け架橋を実らせた。“陸続きとなった島”の今を報告する。(東日本大震災取材班 武田将宣、水野陽太)
■出島(宮城・女川町)/交流人口増、漁業振興に期待
庄子県代表(左)、鈴木市議(中)は大壁さんから「出島大橋」開通後の課題を聴いた
本土の女川町から300メートル沖に位置する出島。3.11の大津波で住宅約350戸が全壊し、全島民(当時521人)が一時、本土への避難を余儀なくされた。
昨年12月「出島大橋(全長364メートル)」が開通し町中心部まで車で15分で行けるように。島民有志が「出島架橋促進期成同盟会」を設立したのは1979年。実に40年来の悲願の結実である。
党宮城県本部は、井上義久衆院議員(当時)や横山信一参院議員、県議、市議らが何度も島を訪れ島民と懇談してきた。2014年には同町を視察した太田昭宏国土交通相(公明党、当時)に須田善明町長が架橋を要望。地方と国の連携で進めてきた。震災後、島の人口は90人にまで減少したが島民は橋の完成に観光客など交流人口拡大や漁業振興に期待を寄せる。
庄子県代表と鈴木良広・石巻市議は、党員の大壁由機さんと出島を視察。大壁さんは「橋があれば確実に救急搬送できるので安心」と話す。
出島で震災後、盛んに行われているギンザケ養殖の生産量は日本一を誇る。庄子県代表は「ギンザケのブランド力をさらに高めるとともに観光資源のブラッシュアップ(磨き上げ)に取り組む」と語った。
■大島(宮城・気仙沼市)/医療・介護の利便性が向上
「気仙沼大島大橋」を訪れ、菊田会長(右)と意見交換する佐々木参院議員(中)と白川市議
気仙沼湾に浮かぶ大島はエメラルドグリーンの海に囲まれ「緑の真珠」と称される。NHK連続テレビ小説「おかえりモネ」の舞台にもなった。
その大島へは、2019年4月に完成した気仙沼大島大橋(全長297メートル)を車で通れば気仙沼市街地から15分ほどで到着する。
以前は本土の気仙沼港と7.5キロの航路をフェリーや臨時船で30分で結んでいた。だが、3.11の大津波でフェリーは全て流出。大島は約1カ月孤立した。
“離島”大島の医療・介護、交通の課題解決へ党宮城県本部の市議、県議は長年、取り組んできた。井上衆院議員(当時)、横山参院議員も何度もひざ詰めで島民と懇談を続けてきた。
今年8月30日には、佐々木雅文参院議員と白川雄二・気仙沼市議が、大島に住む気仙沼市観光協会の菊田強会長を訪ね、課題や要望を聴いた。
菊田会長は「観光客が増加した一方、宿泊客が減少している」と実情を報告。亀山(標高235メートル)へのモノレール整備事業の支援も求めた。
震災前、3527人だった人口は2200人に。佐々木氏は「橋が地域活性化の架け橋になるよう力を尽くしたい」と決意している。










