公明党公明党

公明党トップ / ニュース / p39989

ニュース

2019年9月11日

東日本大震災8年6カ月 君との約束、ひまわりに託して

小さな命と笑顔守りたい。亡き一人娘との誓い胸に 
防災のメッセージ伝え続ける 
笑顔広がれプロジェクト代表 髙橋ひろみさん 
宮城・亘理町

きょう、東日本大震災から8年6カ月を迎えた。2011年3月11日、宮城県山元町の私立ふじ幼稚園では送迎バスが大津波に流され、園児と職員が犠牲となった。あの日、当時5歳の一人娘・ひな乃ちゃんを亡くした髙橋ひろみさん(54)は「悲しい思いは二度と繰り返したくない」と、ひまわりに防災へのメッセージを託し、命の大切さを伝える「笑顔広がれプロジェクト」の活動を続けている。(東日本大震災取材班)

「いつも、ひな乃と一緒だよ」。命を守るメッセージをひまわりに託し、伝える髙橋さん

「お母さん、リップ塗って!」「ごめん、仕事に遅れるから、おばあちゃんにお願いして」「うん、分かった。お母さん大好き」

あの日の朝、ひな乃ちゃんは、ひろみさんとこんな会話を交わし、幼稚園に行った。午後2時46分、ひろみさんは、亘理町の職場で経験したことのない大きな揺れに直面した。幼稚園に電話をしてもつながらない。午後3時50分、大津波が襲来し、丘の上にある職場には、海辺の住民が次々と逃げてくる。避難者から「ふじ幼稚園は園児がバスに乗ったから大丈夫」と聞き、「娘たちは園から車で10分の山元町役場に避難しているはず」と思った。

役場に駆け付けると、バスも園児の姿も見当たらない。幼稚園へ赴き、周辺で4日間、がれきの山と泥沼の中を無我夢中でひな乃ちゃんを探した。その後、連絡が取れなかった夫の光晴さん(51)と合流し、避難所と遺体安置所に通う日々が続いた。

再会できたのは震災から10日目、遺体安置所だった。抱きしめようとしたが「遺体が損壊しますから」と担当者に止められ、そっと冷たい頬と唇に触れただけ。「あの時、リップを塗って、ぎゅっと抱きしめてあげてたら……」。何度も後悔の念にさいなまれた。

「太陽の光のような明るい子に」との願いを込めて、ひろみさん、光晴さんは「ひな乃」と名付けた。2人の男の子を死産していたひろみさんは「やっと授かった一人娘から『お母さん、大好き』といってもらえる生き方をする」と心に決めた。転勤族の光晴さんも、娘と一緒の時間を大切にしようと宮城県内の会社に転職。一家は、亘理町に居を構えた。

両親の愛情に包まれ「みんなを笑顔にする女の子」に育ったひな乃ちゃん。ぜんそくで入退院を繰り返したからか、「大きくなったら看護師か、お医者さんになるのが夢」だった。

ひろみさんは、ひな乃ちゃんのぜんそくに配慮して、園舎が新しい隣町の「ふじ幼稚園」に通わせることにした。そこは海まで1.5キロ。1960年のチリ地震津波で大きな被害がなかったので、この地域に「津波は来ない」と信じられていた。

幼稚園でも当時、地震や火災の避難マニュアルはあったが、津波は想定外。3.11では、町の防災無線が機能しない不運も重なった。寒さ対策で園児を乗せ、園庭で待機していたバスを大津波が襲い、ひな乃ちゃんら8人の園児と職員1人が命を落とした。

「どうして助けてくれなかったんですか!」。幼稚園の遺族説明会で夫妻は怒りをぶつけた。「幼稚園を責めてもひな乃は帰ってこない」「ひな乃だったらどう思うか」と葛藤が続く中、「ともだちのともだちはみんなともだち」とひな乃ちゃんが書いた折り紙が、自宅で見つかった。

「先生たちだって頑張ってみんなを助けてくれたんだよ。お友達を笑顔にしてあげて。こんな悲しい思いをする人がでないようにして」。ひな乃なら、きっとこう言ったはず、とひろみさんは確信した。

同じ頃、大学時代の親友から「ひな乃ちゃんの笑顔みたいなかわいい花が咲くから」と、ひろみさんに「ビッグスマイル」というひまわりの種が送られてきた。それは背丈が20センチほどで、笑顔のような大きな花を咲かせる。その種をふじ幼稚園にもお裾分けし、一緒にひまわりを育てると、ひな乃ちゃんの友達もみるみる元気を取り戻した。

「幼稚園や保育所では、先生任せでも保護者任せでもなく、ましてや、お役所任せでもなく、お互いに意見を出し合って、場所場所に応じた、防災計画・避難計画を事前に考えましょう」

11年8月、ひろみさんは、防災のメッセージを添えたビッグスマイルの種を配る「笑顔広がれプロジェクト」を開始。“大きな笑顔”が国内のみならずドイツ、フランスへと広がった。

ひろみさんには、心残りがあった。それは震災の数日前、ひな乃ちゃんと交わした「お守りを買ってあげる」との約束。この約束を果たそうと、防犯・防災用「お守りホイッスル」を親子で製作体験する場づくりにも取り組んでいる。

歌を通して、笑顔と防災への関心を広げる活動も=8月24日 宮城・山元町

〽きみが わらって くれたから ぼくは なんでも できるんだ……。髙橋夫妻は「ひまわりおやくそく」との歌を作詞し、命の大切さを訴える。8月24日、山元町内で開かれたイベントで、ひろみさんは、ふじ幼稚園の園児や保護者たちでつくる「笑顔広がれ合唱団」と一緒に手話を交えて歌った。その合間に「私の心の中には、震災の時に亡くなった娘が住んでいます。ずっと一緒に生きるよ、小さな命と笑顔を守っていこうね、とお約束をしています」と話をした。

「あの時、こうしていれば……と、時は取り戻せないけれど、これからだったら未来の命が守れるよ。一瞬一瞬を大切に生きて」。ひな乃ちゃんとの約束をひまわりに託して、ひろみさんは、命を守るメッセージを伝え続けている。

公明新聞のお申し込み

公明新聞は、激しく移り変わる社会・政治の動きを的確にとらえ、読者の目線でわかりやすく伝えてまいります。

定期購読はこちらから

ソーシャルメディア