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2019年8月5日

広島大学旧理学部1号館の保存・活用 被爆建物 平和拠点に

74回目の「原爆の日」 
研究機関を移転集積 
多世代の学び、交流の場創出 
広島市

広島市はあす、74回目の「原爆の日」を迎える。同市では1945年8月6日の原爆投下で被害を受けながら現存する、被爆建物・広島大学旧理学部1号館(中区)を、平和の拠点として再生させる構想が本格的に動き始めている。保存・活用を後押ししてきた市議会公明党(碓氷芳雄幹事長)はこのほど、現地を調査した。

老朽化が進む旧1号館の館内。平和拠点としての早期再生が待ち望まれている

旧1号館は、1931年に広島文理科大学の本館として完成した。鉄筋コンクリート製の3階建てで、正面の間口は80メートル近くあるなど当時としては巨大な建造物だった。当初は、上空から見て「コの字型」だったが、2年後に増築され「ヨの字型」となった。

原爆の爆心地から南南東約1.4キロの旧1号館は、爆風によって窓や出入り口などが破壊され、教職員や生徒36人が即死し、71人が重軽傷を負った。市街の火災の延焼により、館内は原形をとどめないほどに焼き尽くされたが、建物自体の倒壊は免れた(「広島原爆戦災誌」より)。

その後、館内の改修工事が行われ、46年9月には大学の講義が再開。49年の広島大学開学に伴い理学部棟として使われ始め、同大学が東広島市のキャンパスに統合移転したことによって91年に閉鎖された。

現存する旧1号館には、柱や壁など建物の主構造部分や外壁の一部などが、被爆当時のまま残る。また、校舎から傷つきながらも這い出してきた人たちの血痕が残された壁面のタイルや正面玄関の鉄扉の飾り物などは、東広島市のキャンパスに保存されている。

同市は94年、旧1号館を「被爆建物」に登録。2013年に国の無償譲渡を受けた。その後、市が16年に設置した「保存・活用に関する懇談会」で議論が重ねられ、正面部分を残すことが決定。延べ約3500平方メートルの改修費は、約18億5000万円と見込んだ。

今年度中に基本計画策定

同懇談会は18年11月、旧1号館を平和教育・研究とコミュニティスペースの2本柱で活用する案を提示。これを踏まえ、市は今年度中に基本計画を策定する方針だ。

平和教育・研究では、広島大学と広島市立大学、市の3者が「ヒロシマ平和教育研究機構」(仮称)を設置し運営する。広島大学は平和センター(中区)を、市立大学は平和研究所(安佐南区)をそれぞれ移転させ、平和研究機関を集積する。多世代の学びの場の提供や被爆資料の展示など平和発信の機能も備える。

また、コミュニティスペースでは、幅広い世代が集い、多目的に利用できる場所の設置を計画。100人程度を収容できる会議室の整備なども検討されている。同市都市機能調整部の森田環担当課長は「多くの人が集い、交流し、新たな知を生み出す空間にしたい」と話している。

市議会公明党が一貫して後押し

老朽化が進む旧1号館の館内。平和拠点としての早期再生が待ち望まれている

被爆建物の保存・活用について、市議会公明党は1980年から主張を始め、議会質問や予算要望などで一貫して訴え続けてきた。旧1号館については、元市議の安達千代美さんが18年12月議会で取り上げ、松井一実市長から「旧1号館が平和に関する教育研究と情報発信の新たな拠点となるように取り組む」との答弁を引き出していた。

視察を終えた碓氷幹事長らは「被爆者の高齢化が進む中で“声なき証言者”である被爆建物の存在価値は非常に大きい。保存・活用へ今後も全力で取り組む」と語った。

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