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原発処理水 今後の課題は
海洋放出から1年
東電、7回で計5万トン超を放出
計画の安全性に心配なし
水産物の消費拡大支えよ
風評対策でモニタリング継続を
放射性物質トリチウムを含んだ東京電力福島第1原発の処理水の海洋放出開始から24日で1年となる。これまで処理水の安全性の発信や風評対策などに取り組んできた政府の対応をどう見るか。トリチウムの専門家である茨城大学の鳥養祐二教授に今後の課題も含めて聞いた。
処理水とは、福島第1原発の建屋内の水からトリチウム以外の放射性物質を除去した水のこと。多核種除去設備「ALPS」によって浄化している。
東電は昨年8月24日から今年7月までの間、7回に分けて計5万5000トンの処理水を海洋放出した。今月7日には8回目の海洋放出を開始。放出完了は廃炉完了の目標時期である2051年までを見込んでいる。
処理水は放出前に、トリチウムの安全基準を満たすよう、海水で大幅に希釈される。放出計画について国際原子力機関(IAEA)は「国際安全基準に合致」し、「人および環境に対する放射線影響は無視できるほどである」と包括報告書で結論付けている。
海洋放出の背景には、福島第1原発の敷地内で処理水を貯蔵している巨大なタンクが増え続けていることがある。タンクの数は1000を超える。廃炉作業を安全に進めるには新しい施設を建設する場所を確保する必要があるため、処理水を処分し、タンクを減らさなければならない。
これまで政府は、放出前の処理水の分析をはじめ、周辺海域や水産物・水生生物などを対象にトリチウム濃度のモニタリングを実施してきた。海洋放出を巡っては、中国が昨年8月24日以降、日本産水産物の輸入を停止していることを受け、国内の水産業者への風評対策などに取り組んでいる。
■茨城大学 鳥養祐二教授に聞く
――政府の取り組みをどう見るか。
鳥養祐二教授 処理水についての正しい理解が国民に浸透し切ってはいないというのが実感だ。安全性を懸念する声はまだ聞かれる。強調したいのは、そもそも安全性については心配する必要がないような放出計画になっているということだ。海外の原子力施設でも規制に従ってトリチウムを含んだ処理水が海に放出されている。そうしたことを国民に深く理解してもらうことが今後も大切だ。
――水産業への影響は。
鳥養 当初懸念されていた福島県産の水産物などへの風評は予想よりも小さかった。処理水の放出開始後、私は福島県に水揚げされた魚を320匹ほど分析してきたが、トリチウムは全く検出されていない。検出できる下限の濃度を下回っている。スーパー大手の「イオン」も自主検査を実施しているが同様の結果だ。放出が計画通りに実施されているので当然の結果と言える。
ただ、福島県では水産物の売り上げが東日本大震災前には戻っていないという話も聞く。国は引き続き水産業者の販路拡大などを支えることが大切だろう。中国の禁輸も先が見通せない。各地で盛り上がりを見せている「応援買い」の機運を一過性で終わらせないためにも、国内外で消費拡大に向けた取り組みを続けてほしい。
――そもそもトリチウムとは何か。
鳥養 トリチウムとは水素の仲間(同位体)だ。水の一部として自然界にも広く存在していて、水道水にも含まれているため、私たちの体内にも微量のトリチウムが存在する。国内では時計の蛍光塗料として使われている。
――人体への影響は。
鳥養 トリチウムはほとんどが水の一部として存在しているため、体の中に取り込まれても体内を循環し、尿や便などと一緒に体の外に排出される。比較的速やかに排出されるため、生物の中での蓄積・濃縮は起きない。体内濃度が高くなると問題だが、世界保健機関(WHO)の飲料水基準は1リットル当たり1万ベクレルに定められている。福島第1原発から放出される処理水は、国が定める排水中の濃度限度の40分の1未満、WHO基準の7分の1程度に希釈されており、計画通り行われていれば問題ない。
――今後の課題は。
鳥養 国や東電は引き続きモニタリングを行い、濃度に問題がないことを示すことが風評対策として欠かせない。まったく予想できないことが起きる可能性もあるため、国民が海洋放出をしっかりと監視・見守ることが重要だ。
一方で、放射線やトリチウムに精通した原子力人材を育成することも急がれる。海洋放出は今後30年続く。予期せぬ事態にも対応できる体制を構築するため、大学などでの教育環境を整備していくことが必要だと考えている。
とりかい・ゆうじ
1966年、福島県生まれ。北海道大学博士(工学)課程修了。富山大学水素同位体科学研究センター准教授などを経て2016年から現職。専門は核融合学。