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“経済 地域再生” 地域一体で“生活の足”守る
公共交通再構築の方策、政府が取りまとめ
武蔵野大学特任教授 山内弘隆氏に聞く
人口減少を背景として、地方を中心に路線バスやローカル鉄道の減便・廃止が相次いでいる。こうした状況を受け政府の「地域の公共交通リ・デザイン(再構築)実現会議」は5月、地域の関係者が一体となり“生活の足”を維持・確保するための方策を取りまとめた。同会議の構成員で、武蔵野大学経営学部特任教授の山内弘隆氏に、そのポイントを聞いた。
■「交通空白地」「大都市」など4分類し課題解決の方向性示す
――なぜ地域公共交通の再構築が必要なのか。
山内弘隆特任教授 地域公共交通は、住民の豊かな暮らしの実現や地域の経済活動に不可欠な社会基盤であり、その維持・確保は地域の活性化に大きく寄与する。しかし、人口減少や自家用車の普及でバスや鉄道の利用が減り、運転手の担い手不足も深刻化している。需要と供給の両面で厳しい状況に置かれており、このままでは将来にわたり維持することは困難だ。
一方で、病院や学校の統廃合が進み、日常的に遠距離移動を強いられる患者や高齢者、児童生徒などの“交通弱者”が増えているという問題もある。地域公共交通の再構築は、単にバスや鉄道の維持をめざすだけでなく、地域の関係者が一体となって移動サービスを生み出すことで、こうした社会問題の解決を同時にめざす目的もある。
――政府会議の取りまとめのポイントは。
山内 地域の状況に応じて採るべき対策が異なることから、地域類型ごとに課題解決の方向性を明確化した。①交通空白地②地方中心都市③大都市④地域間――の四つに分けて、どのような対策を実施すべきかを記している。
①の交通空白地であれば、自治体やNPOなど地域に根差した組織が実施主体となり自家用車で送迎する「自治体ライドシェア」の積極的な活用も含めて、地域のあらゆる輸送資源の総動員が必要だとした。②の地方中心都市は、運行コースが重複している路線バスとスクールバスを一体化するなどの効率的なサービスの実現が求められる。いずれも地域で連携・協働し、データも駆使して交通ネットワークを維持していくことが重要だ。
――③の大都市でも課題はあるのか。
山内 高度で安定的な公共交通サービスが提供されているが、強い需要に対応するバスや鉄道の運転手が不足しているという課題があり、人手の確保が必要となる。④の地域間では、広域での経済活動の活性化や地方創生、国土強靱化の観点も踏まえ、鉄道路線をどう運営するかの検討が欠かせない。
――取りまとめでは地域の関係者の連携・協働をどう推進しているか。
山内 自らの地域と状況の近い自治体で、どのような取り組みが行われているのかを知ってもらうため、各地の先駆的な事業を「カタログ化」した。プロジェクトの概要だけでなく、利用人数や経費、実施による成果、活用した支援制度などをA4サイズ1ページにまとめて分かりやすく共有している。企業の言葉で言う「横展開」が可能になる。
■法定協議会の機能強化が重要
さらに、地域公共交通計画の策定・実施に必要な議論を行うため、自治体を中心に設置される「法定協議会」の司令塔機能強化を掲げた。事業者の利害調整ではなく、地域の多様な人材に参画してもらい、「バス停の位置はこっちの方がいい」とか「こういう路線があったらいい」といった意見を出し合って、地域の公共交通の改善に反映させていくといいのではないか。
――地域公共交通の再構築へ、政治が果たすべき役割は。
山内 消滅可能性自治体などの話が出ている中、将来の生活への不安を抱えている住民は少なくない。政治には、こうした人々が少しでも安心できる環境を整備してもらいたい。特に公明党には、その役割を期待している。地域の住民の声を拾い上げて議会で質問したり、住民に法定協議会への参画を促したりしてもらえればと思っている。
やまうち・ひろたか 1955年生まれ、千葉県出身。慶応義塾大学大学院商学研究科博士課程単位取得満期退学。一橋大学商学部教授などを経て現職。一橋大学名誉教授。運輸総合研究所所長、日本交通学会会長も歴任した。
■送迎見直し、AI活用…
先進自治体へ重点支援を検討
地域の移動手段確保へ、さまざまな取り組みが各地で行われている。
■茨城・常陸太田市
患者輸送や通学のバスを統合し効率化
茨城県常陸太田市は2016年、運行ルートと時間が重複していたコミュニティーバス、患者輸送バス、スクールバスを民間事業者に委託する形で路線バスに統合した。これまで算定方法がバラバラだった料金を距離で統一。スクールバスを利用していた児童生徒は定期券の購入を全額補助、75歳以上には運賃の半額を助成。昨年4月には、全国で初めて市内の中学生に対してフリー定期券を配布した。
取り組みに当たっては、市民らとの合意を形成するため、計画段階から説明会を約160回重ねた。子どもが通学時に一般客とバスに同乗することに不安を覚える保護者の理解を得るため、試乗会や半年間の添乗員同乗を実施するなどの工夫も行った。
バスの統合により運行効率と利便性が向上。走行1キロ当たりの公費負担額は約181円から約168円へと減り、週当たり601便だったバスの運行本数は同673便へと増えている。
■宮城・利府町
スマホアプリ使った乗り合いの実証運行
新技術を活用した事例もある。宮城県利府町は、スマホアプリなどを使って指定した場所にバスを呼ぶことができる乗り合い交通サービス(AIオンデマンド交通)の実証運行を昨年11月から実施している。民間のバス会社に運行を委託し、商業施設や医療施設などと連携して利用を促している。
町内に約200カ所の停留所を設定し、利用者はアプリや電話で出発地と目的地を指定すれば約20分以内にバスが到着する。途中で客が乗車すると人工知能(AI)が最適なルートを指定する仕組みだ。料金は1回当たり大人300円、子ども150円。乗り放題プランや回数券もある。町は、地元金融機関の協力も得て事業収支を評価し、本格導入を検討することにしている。
政府は、こうした各地の関係者と連携・協働して地域公共交通の再編に取り組む自治体に対して、関係省庁による重点的な支援を行う枠組みを検討する。27年度までの目標としては「学校や病院など各施設への送迎の見直し」に取り組む自治体を100、「AIオンデマンド交通の活用」に取り組む自治体を500へ、それぞれ拡大するなどとしている
■公明、移動手段の確保訴え
地域公共交通の再構築を巡り公明党は、地域公共交通活性化再生法の改正をリードするなど、一貫して地域の移動手段の確保を推進してきた。5月30日に岸田文雄首相へ提出した「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針)に関する提言では、地域経済の活性化に関する最重点項目として明記。公共交通事業者の担い手確保や地域の関係者による協働の推進、関係府省庁による重点的な支援の実施などを要望した。