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コラム「北斗七星」
総勢107人。しかも錚々たる面々。世にいう「岩倉使節団」が横浜から出港した。1871年(明治4年)のことだ。岩倉具視を団長に、木戸孝允、大久保利通、伊藤博文に加え、中江兆民や後に大学を創立する津田梅子、新島襄らもいた◆目的は国情視察と外交交渉。1年半余りをかけ米国を皮切りに、英、仏、独、伊など欧州各国も歴訪。報告書は随行した久米邦武が『米欧回覧実記』(角川ソフィア文庫)としてまとめたが、岩倉は原本に、観と光の字を墨痕鮮やかに書いた◆元々、観光は中国の古典『易経』(岩波文庫)の「国の光を観る」に基づく。同著によれば「国俗の威勢光輝を観て、賓客を尊ぶ」という意味だ。日本政府観光局は先月の訪日外国人客数が5月としては過去最高を記録したと発表した◆国別では、インドからの訪日客が単月としても過去最高に。中国、ベトナムのほか、米、英、仏など14市場で5月の記録を塗り替えた。そういえば、『米欧回覧実記』で久米は渡航を終え目にした日本の風景を「世界屈指の景勝地」と記している◆近年、自然や農漁村体験、温泉などコト消費への関心が高まり、地方に足を運ぶ訪日客が3大都市圏のみを訪れる人の1.4倍に。他から学び、おもてなしの心を持ちつつ、攻めの施策を展開したい。勿論、前提条件は国内外の安定と平和である。(田)