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2023年9月9日

識者が語る 復興と公明党

東日本大震災12年6カ月

間もなく東日本大震災から12年6カ月を迎える。これまで、公明党の岩手県本部(代表=小林正信県議)、宮城県本部(代表=庄子賢一衆院議員)、福島県本部(代表=今井久敏県議)は、徹して被災地へと足を運び、現場の声を受け止め、復興政策を活発に提言してきた。その活動や政策に対する識者の声を紹介する。=東日本大震災取材班

「危機管理要員育成センター」の創設、福島誘致の提言は画期的
静岡県立大学特任教授 小川和久氏

静岡県立大学特任教授 小川和久氏

日本は、他の先進国と比べて危機管理関係者の力量が不足している。自然災害が多発する現在にあって、国内に危機管理要員の教育訓練施設は1カ所もない。

「日本版ディザスター・シティ」に

一方、米テキサス州にあるテキサスA&M大学の隣接地には、全半壊したビルや鉄道事故現場、がれきの山などがリアルに再現され、実践的で高度な災害救助、復旧などの教育訓練を実施している。世界最高峰の災害教育訓練施設「ディザスター・シティ」だ。

これをモデルに巨大地震に見舞われた台湾など各国で訓練施設が整備されてきた。これが世界の潮流だ。

こうした現状にあって、公明党福島県本部が2021年3月に発表した「福島復興加速化政策」の中で「『危機管理要員育成センタ―』の創設と福島誘致」を提言していることを高く評価している。

福島は、大震災に大津波、原発事故の複合災害という、世界に類を見ない経験をした地である。加えて、浜通り地方は、鉄道や空港など交通アクセスに優れ、国内外から研修を受け入れやすい環境だと思う。

“テキサス規模”の施設であっても30億円から40億円で整備は可能だ。そこで消防、警察、自衛隊、企業など異なる組織の防災担当者が、世界レベルの訓練を受けるとともに“顔が見える関係”を築くことで、人も組織も地域も危機管理能力を高めることができる。

私は化学テロに備え、医師、看護師以外でも解毒剤を注射できるよう訴えてきたが、24年間放置されてきた。だが19年、大口善徳厚生労働副大臣(公明党、当時)に話をすると医師法の解釈が変更され、同省から都道府県に通知された。また、ドクターヘリは公明党がマニフェストに明記してから全国展開が実現した。

公明党には官の発想を超えた行動力で「日本版ディザスター・シティ」を福島で具現化してほしい。

おがわ・かずひさ

1945年生まれ、軍事アナリスト。外交・安全保障、危機管理の分野で政府の政策立案に関わり、総務省消防庁消防審議会委員、内閣官房危機管理研究会主査など歴任。2012年4月から現職。

心のケアは、これからが正念場 見えない課題を地方議員が拾う
東北大学災害科学国際研究所教授 小野裕一氏

東北大学災害科学国際研究所教授 小野裕一氏

東日本大震災から12年が過ぎた現在も、公明党宮城県本部は、担当国会議員と県議、市議、町議が連携しながら現場の声を聴き、政策提言を重ねている。

地元に根付いた議員だからこそ、拾える言葉がある。それを政策として作り上げ、予算を付け、具現化することは、役割も異なるが行政や研究機関では、なかなかできない。宮城が大災害から、どのような課題を乗り越えていったか、貴重な「復興の記録」である。

2011年の時点で日本の津波警報システムは世界でもトップレベルで、現在も同様だ。それにもかかわらず、2万人超の犠牲者を出したことは繰り返し検証の必要がある。それと同時にシステムのレベルアップを図りつつ、世界では未整備の国も多くあるので、日本がシステムの普及へ積極的に貢献すべきだ。

宮城では、ハード面での復興をおおむね成し遂げた。だが「心の復興」は、これからが本番だ。「いつになれば復興は終わるのか」とよく問われるが、私は「肉親や大切な人、故郷を失った人の心の痛みが癒えるまでだ」と答えている。

歴史をひもとけば、明治以降、最多の犠牲者を出した1959年9月の伊勢湾台風の復興をリードしたのは政治だ。被災から2週間後、臨時台風科学対策委員会の設置に伴い、防災の立法措置が示唆され、後の「災害対策基本法」制定や防災白書発刊へつながった。

「防災枠組」各市町村でも推進を

3.11の経験と教訓から2015年3月、仙台で開催された第3回国連防災世界会議で「仙台防災枠組」が採択された。この後、仙台市は同枠組を実践し、今年5月、自治体では世界で初めて中間評価を発表した。

これは自治体版「防災白書」だ。わが地域でどのような災害が過去に発生したか把握し、将来の防災につなげる。全国の自治体で展開できるよう公明党のネットワークに期待したい。

おの・ゆういち

1967年生まれ。米国オハイオ州立ケント大学大学院地理学博士課程を修了。地理学博士。国連アジア太平洋経済社会委員会などを経て、2012年11月から現職。23年4月から同研究所副所長。

“制度の隙間”に政治の光当て災害ケースマネジメントが前進
認定NPO法人フードバンク岩手事務局長 阿部知幸氏

認定NPO法人フードバンク岩手事務局長 阿部知幸氏

東日本大震災の後、沿岸部から盛岡市内へ避難した人の支援に携わった。1軒1軒、訪問するうちに生活相談を受けるようになり「なぜ、この人を救う制度がないのか」と痛感した。

避難所では支援の手が届くが、さまざまな理由で避難所に行けず、自宅にいる被災者は支援されない。

一方「罹災証明書」に基づき、被災者は国からの支援金などの受け取りや仮設住宅、災害公営住宅に入居できる。罹災証明書は住居が全壊、半壊するなど「住宅被害」の証明だ。住居が壊れていなくても困っている人がたくさんおり、住居が壊れないと「被災者」と認められない現実がある。

誰も取り残さない被災者支援めざして

そこで「被災者が使いづらい制度を変えたい」と2013年に復興庁に、衣食住なんでも相談できる「総合相談窓口」の設置を要望した。活動を通して知り合った弁護士やNPOの知人と、一人に寄り添う伴走型支援として「災害ケースマネジメント」の普及・啓発に取り組んでいる。

21年12月には参院議員会館で、公明党の国会議員団と災害法制の課題など2時間にわたり意見を交換。同月、横山信一参院議員が災害ケースマネジメントを国会質問してくれた。これに岸田文雄首相が「災害ケースマネジメントの仕組みづくりを進めたい」と答弁し、各地で取り組みが進んだ。

公明党は、18年に山本香苗参院議員が災害ケースマネジメントを初めて国会で取り上げた、大変に頼もしい存在だ。岩手県においても公明県議が県の担当部局との意見交換会を開くなど応援してもらっている。

災害ケースマネジメントで大切なのは官民連携の体制づくりだ。制度で救えることは自治体が担い、その隙間を社会福祉協議会やNPOが埋める。災害ケースマネジメントのさらなる普及と質の向上へ全国に地方議員がいる公明党に今後も力添えをいただきたい。

あべ・ともゆき

1974年生まれ。東日本大震災をきっかけに民間企業から被災者支援のNPOへ転身。2014年に生活困窮者の食を支援するフードバンク岩手を設立、事務局長を務める。

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