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コラム「北斗七星」
現代詩作家の荒川洋治さんが、今年読んだ書籍のベスト3(毎日新聞)に、高見順の小説『故旧忘れ得べき』を挙げていた。左翼運動に挫折した青年たちの“その後”を描いた戦前の代表作である◆小説のラストが印象深い。亡くなった友をしのんで旧友が集い故人を追想する。そのうち「『故旧忘れ得べき』を歌はうぢやないか」と、声が上がる。「蛍の光」のことである。参集者は過ぎ去った青春に思いを馳せるように歌い出す◆「蛍の光」の原曲はスコットランド民謡「オールド・ラング・サイン」。古い友だち(故旧)を忘れることができようか、と歌詞にある◆閉店を告げるBGMだったり、紅白歌合戦のフィナーレだったり、日本では別れの音楽といった趣だが、英語圏の国々では大晦日のカウントダウンで年が明けた瞬間に歌われるなど、新しい門出をことほぐ曲のようだ◆胸のふさぐ、重苦しいことが多かった今年も押し詰まった。年賀状を書きながら、懐かしい友の顔を思い浮かべる◆「友人といふのは、ただ黙つて向ひ合つて坐つてゐるだけでも、自づと心が暖められる」と小説にあった。本当にそう思う。たとえ遠く離れていても。来年が良い年になりますように。(中)