ニュース
活躍広がる女性就農者
10年目迎えた農水省プロジェクト
経済 農林水産業最前線
企業などと連携して女性農業者の活躍を促進する農林水産省の「農業女子プロジェクト(PJ)」が、開始から10年目を迎えた。女性の発想を生かした新商品が話題を集めるなどして、参加メンバーや参画企業は着実に増えてきた。これまでの取り組みを追うとともに、福島大学行政政策学類の岩崎由美子教授に今後の展望などを聞いた。
商品企画に独自アイデア
日本の女性農業者は基幹的農業従事者の約4割を占め、多彩なアイデアで農業の活性化に貢献しているが、農協役員や農業委員など地域の方針決定に関わる割合は約1割にとどまっている。そこで、社会での女性農業者の存在感を高め、その意識改革や経営力の向上、職業として農業を選択する若い女性の増加をめざし、農林水産省の「農業女子プロジェクト(PJ)」が2013年11月からスタートした。
10年目を迎えた農業女子PJは、農業を生業とする女性であれば年齢を問わず参加できる。女性農業者同士の交流や企業などと連携した取り組み、“農業女子”としての社会への発信など多彩な取り組みにより参加者は徐々に拡大。スタート時は37人にとどまっていたが、12月現在、930人になっている。
連携する参画企業 7社→35社に
PJは、農水省が仲介役となり、女性農業者の知恵や視点を、企業が持つ技術やノウハウに結び付け、連携しながら新たな商品やサービスを生み出すことが活動の柱だ。発足当初、7社だった参画企業は現在、35社まで増えている。開発されたコラボ商品には、従来の価値観にとらわれない女性の柔軟な発想が数多く反映されており、「かわいい、おしゃれ」などと話題に。商品化にこぎ着けた例も少なくない。
例えば、ダイハツ工業が14年に開発した軽トラックは、ピンクなど全8色の車体カラーを導入。床の高さは従来よりも低くし、乗り降りしやすくした。井関農機は、女性農業者の意見を取り入れ、操作しやすく改良したトラクター(15年)や小型耕うん機(16年)、草刈り機(17年)などを相次いで開発した。
また未来の女性農業者の育成に向け、教育機関と連携した活動を行う「チーム“はぐくみ”」を実施。これまでPJ参加者と東京農業大学や山形大学、蒲田女子高校(東京都)など8校が連携し、学校での講義や農場でのインターンシップ(就業体験)、学生とのワークショップなどを通じて交流を重ね、新規就農者が誕生した事例も出ている。
一方、農水省の調査によると昨年、女性が経営方針に関わっている農業経営体は34%で、経営主が女性の経営体は6%。新規就農者に占める女性の割合も24%にとどまっている。
このため同省は、今年11月から来年10月までの活動方針(第10期)で、女性農業者の経営力向上に向けて、企業のサポートの下に機械の操作方法や販売方法などを学ぶ場を設けるほか、女性農業者が他団体との交流を深められる取り組みを強化していく見通しだ。
全国で7つの「地域版」
「やまなし農業女子」の代表として活躍する片山さん(右)と夫の翔太さん=山梨・南アルプス市
農業女子PJに連動して、「地域版」も全国に7つのグループが誕生した。その一つ、山梨県で農業を営む女性グループ「やまなし農業女子」は19年に発足。PJの参加者を中心とする19人で始動し、現在は40人にまで広がっている。年齢層は20~50代と幅広く、就農のきっかけは、さまざま。代表を務める片山京子さんは「山梨が好き、農業が好きという思いは共通です」と述べる。
重点的に取り組む活動は、定例会などを通じた、女性農業者同士の交流だ。このほか、地元百貨店と連携したマルシェの開催、イベントでのワークショップ、農産物の魅力を伝えるPR活動、SNS(交流サイト)を介した情報共有などに取り組んでいる。
片山さんは、活動の利点について「女性農業者同士がつながり、助け合うのは経営面でプラスになることはもちろん、孤独になりがちな生産者を支える役割を担っている」と強調。今後めざす方向性については「この土地の歴史とともに築かれてきた農業の営みを次世代につなぐこと」とキッパリ。
自身も5年前、東京から移住して、夫・翔太さんと共に2児の子育てに奮闘しながら、野菜と果樹の栽培、加工に従事。周囲のサポートを受け、試行錯誤を重ねながらも経営を安定させつつある。「皆で協力しながら、産地・山梨をより良い地域にしたい」。果樹王国を支えるため、視線は未来を見据えている。
福島大学行政政策学類 岩崎由美子教授に聞く
生活者や消費者の視点 経営に生かせ
――10年目を迎えた農業女子PJをどう見ていますか。
岩崎由美子教授 活躍する女性農業者たちが「見える化」し、交流のネットワークができた。これまで女性農業者が企業と共に商品開発を行うような場はなく、今までとは違う感覚で、農業活性化を進めてきた効果は大きい。同時に、農業経営体のうち大部分を占める家族経営の中で女性が孤立しないよう受け皿的な組織にもなっている。PJの発足以前、そうした役割は農協女性部や生活改善実行グループなどが担っていたが、今はメンバーが高齢化し、若い女性が主体的に参加しにくい面もあろう。
また、仕事がきつい、汚い、危険の3Kといった従来の農業のイメージに対し、PJに参加する女性農業者の存在が多様な媒体で明るくクローズアップされたことで、農業のイメージアップにも結び付いているのではないか。
働きやすい環境へ一層の支援を
――農業・農村の現場で女性が活躍する意義とは。
岩崎 生産者の視点のみならず、生活者や消費者の感覚や視点を持って経営参画することは農業の活性化にもつながる。農業経営体への女性の参画と収益の増加には相関関係があることが、日本政策金融公庫の調査などでも明らかにされている。
人口減少に伴って農業労働力の不足に直面した地域も多い。家族経営の中で、育児や介護負担が重くなりがちな女性農業者を支える支援策を整え、ワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)による働きやすい環境をつくれれば、女性の感覚を生かした経営参画を進められる。そうした機運を高めていきたい。
――農業女子PJに今後期待することは。
岩崎 女性の社会参画をもっと進める意味で、PJメンバーが農業委員など地域の指導的な立場に就く連動性がほしい。農協理事や農業委員に占める女性の割合は、20年ほど前まで数%だったが、今では現場の努力もあり10%前後の水準だ。国の男女共同参画基本計画で女性農業委員の割合を2025年度までに30%とあるが、既に達成している地域も、わずかだが見られる。そうした先進地は、農業委員会会長や首長が、女性登用を促す意識改革を率先して進めている。トップ層の意識改革が求められているのではないか。
さらに女性農業委員の組織や農協女性部などと連携した幅広い女性ネットワークを基に、疲弊する地方の発展に一層力を注げる体制づくりにも期待している。
いわさき・ゆみこ 早稲田大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得退学。福島大学行政政策学類准教授などを経て、2010年より現職。農村女性起業、農山村地域活性化、震災からの地域復興などを研究。著書に『〈食といのち〉をひらく女性たち』(農文協、共著)など。