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2022年10月10日

“東日本大震災 11年7カ月” 居住ゼロから希望の一歩

全町避難が解除、福島・双葉町ルポ

東京電力福島第1原発事故で全町避難が続いていた福島県双葉町では、今月1日から住民の居住が始まった。8月30日の特定復興再生拠点区域(復興拠点)の避難指示解除から1カ月余。“居住ゼロ”から新たな町の建設へ希望の一歩を踏み出した町のいまを伝えるとともに、元復興副大臣で公明党参院議員を7月に勇退し、町に移住した浜田昌良さんに復興への思いを語ってもらった。=東日本大震災取材班

双葉町消防団第2分団屯所の前で「ふたばプロジェクト」の宇名根事務局長(左)と小泉さん

福島第1原発から4キロの位置にあるJR常磐線・双葉駅。澄み切った秋空の青色と、駅舎のレンガ色が美しいコントラストを描く。9月下旬、一般社団法人「ふたばプロジェクト」の宇名根良平事務局長と小泉良空さんの案内で町を歩いた。同法人は官民協働で住民主体の町づくりをめざし、3.11の伝承や移住・定住の促進に取り組む。

駅周辺では重機のうなる音が響き、町営住宅や道路の整備が進む。駅東側では役場庁舎が9月5日から業務を開始。11年半を経て、帰還への行政サービスが再開された。

歩みを進めると解体された建物跡が目立つ。一方、残った建築物の壁には町民を描いた巨大な「壁画アート」が鮮やかに映える。近くには作品を見ようと訪れた観光客の姿もあった。

午後2時46分――。双葉町消防団第2分団屯所の時計は、あの日のまま。小泉さんは、ゆがんだシャッターを指さしながら「当時、停電で電動シャッターが開かず、救援のポンプ車を出すため団員たちが力ずくで開けた」と教えてくれた。

町を巡りながら小泉さんは「3.11と双葉のいまを発信し、町に来る人を増やしたい」と語ると、宇名根事務局長は「懐かしい故郷の再生と希望あふれる新しい町の建設に尽くす」と力を込めた。

■「駅西住宅」で入居始まる

駅西側には町営「駅西住宅」が立ち並ぶ。双葉町民が入居する建物は「災害公営住宅」、就業などでの移住者が入居する建物は「再生賃貸住宅」と呼ばれている。現時点で完成している集合住宅は25戸で18世帯の入居が決まっている。

全86戸が整備される計画で、48世帯(町民26世帯、移住者22世帯)が入居を希望。駅西住宅周辺は電気や水道なども復旧し、来年2月には診療所が開所する予定だ。

■帰還と移住の環境整備が課題

震災前、町の人口は約7000人だったが、現在の居住者は30人超。町は2030年までに「居住人口2000人」を目標に掲げ、住民帰還と移住促進へ生活環境の整備、産業育成や雇用創出をめざす。

■町に移住した浜田昌良 公明党前参院議員

駅西住宅で新生活を始めた浜田さん(右)。早速、近所で引っ越しのあいさつへ

まちの復興、見届ける

今月6日朝、双葉町へ住民票を移し、駅西住宅で暮らしています。入居間もなく、福島医大の方が健康づくりの催しを知らせに、わが家を訪問。早速、近所に知り合いもできました。生活インフラの整備はこれからで、買い物は車で隣町へ。「常磐もの」の魚が安く買え、自分でさばいて食べることも。一歩一歩、新生活を送っています。

福島の復興はいま、新しい局面に入りました。特定復興再生拠点区域(復興拠点)への移住・定住、拠点外の復興は地元のテンポに合わせて進めた方がいいと思います。

議員を勇退してからの人生、「復興をライフワークに」と心に決めました。現在、事業に携わる人を具体的に支援できるよう勉強中です。現職時代に取り組んだ、この地域の復興が、住民が希望を抱ける姿になるまで見届けたいと思っています。

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