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離婚に伴う「子どもの引き渡し」強制執行に新ルール
民事執行法改正案
離婚に伴う問題の中でも、子どもの親権をどちらの親が持つかは「子の福祉」に大きな影響を与える。特に、親権を持たない親が子どもと同居を続けて手放そうとしない場合、強制的に子どもを親権者に引き渡すことになるが、民事執行法には子どもに関する強制執行の手続きを定めた規定がないため、同居の親が強く引き渡しに抵抗すると執行官としても引き下がるしかない。これでは裁判所が「子の福祉」を考えて親権者を決定した意味がなくなる。政府は、子どもの引き渡しについて新たなルールを導入する民事執行法改正案の成立を今国会でめざしている。改正案の概要を解説し、その意義を公明党法務部会長の浜地雅一部会長(衆院議員)に聞いた。
現在は“動産”扱い
法律には規定がなく、執行官の努力が頼り
「対象となる子の年齢はやはり3歳から5歳くらいが非常に多い。年齢が高くても小学生ぐらい」
民事執行法改正を議論した法制審議会(法相の諮問機関)で、最高裁事務総局から参加した幹事が示した子どもの引き渡しの実情だ。
この年齢を前提に「子の福祉」を考えた場合、裁判所が親権者としてふさわしいと判断した親の元に、子どもを迅速に引き渡すことの大切さが理解できる。
しかし、離婚に伴う子どもの引き渡しでは、親権を失った親が子どもと同居を続けて離さず、民事執行法に基づく強制執行にも抵抗して応じないケースが多い。上のグラフで明らかなように、強制的な子どもの引き渡しは2014年以降で年間100件程度あるものの、実際に引き渡しが実現した件数は30%前後となっている。
引き渡しが実現しない理由はケースごとにさまざまだが、子どもの引き渡しに関する強制執行のルールが民事執行法に規定されていないことも一因とされている。そのため現在、子どもの引き渡しの強制執行は、動産(土地など不動産以外の全ての物)に対する強制執行の規定を類推適用して運用されている。当然、人間を「物」扱いできるわけもなく、実務に携わる執行官の努力に頼ることになる。しかし、執行官は法律に明文の規定がないため、どこまでの強制が許されるか難しい判断を現場で迫られている。
かつては子どもへの直接的な強制執行は難しいとの理由で、子どもを育てている同居の親に対し、子どもを親権者に引き渡すまで1日3万~5万円の支払いを命じる間接強制しかできないとの考え方もあったほどだ。
早く親権者の元に
同居の親が不在でも実施可能な手続きに
民事執行法改正案は「子の福祉」に配慮し、迅速に親権者に子どもを引き渡すことができるルールを新設した。
まず、強制執行の方法として、(1)執行官に子どもの引き渡しを実施させる直接強制(2)金銭の支払いを命じることによって心理的に強制を与えて引き渡しに応じさせる間接強制――を明記。特に、直接強制を実効性ある制度にすることをめざした。
直接強制を裁判所に申し立てるには、「間接強制の決定から2週間が経過」「間接強制を実施しても引き渡しの見込みがない」「子どもへの急迫の危険を防止するため」のいずれかに当たることが必要になる。
裁判所は直接執行を決定する場合、引き渡しを拒んでいる親に対し審尋(法律上の主張や事実を述べる機会を与えること)をしなければならないが、子どもに急迫の危険があるときなどは、その限りではない。
その上で裁判所は、執行官に対し、同居する親に子どもを引き渡させるために必要な行為を命じる。
執行官は同居の親を説得するだけでなく、住居に立ち入り、子どもを捜索することもできる。相手がドアを閉ざしても、カギの専門家を呼んで開けることも認められる。
さらに執行官は、直接強制を申し立てた親権者をその場所に立ち入らせ、また、子どもと面会をさせ、双方の親を面会させることもできる。
このように直接強制は住居で実施されるが、執行官は子どもの心身に及ぼす影響などを考慮して「相当と認めるとき」は、住居以外で実施をすることもできる。住居以外の場所では保育園や学校が想定されるが、その際は、その場所の占有者の同意を得る必要がある。
直接強制の場所に親権者が出頭しないと子どもの引き渡しはできないが、同居の親が不在であっても引き渡しはできる。
これについて山下貴司法相は「去年、引き渡しができなかったケースのうち、親権を失った親が不在だったり、抵抗したりした件数が4割程度だったことから、引き渡しの実効性が相当程度、高まる」(衆院本会議3月19日)と述べ、同居の親が不在の場合の執行に理解を求めた。
国際的な子の返還
今回の法案はハーグ条約実施法を参考にして策定された。ハーグ条約(日本は14年加盟)は国際結婚が破綻した夫婦間の子どもの扱いを規定し、夫婦の一方が16歳未満の子どもを無断で国外に連れ去った場合、元の居住国に返還することを求めている。親権があるかどうかは元の居住国で決定される。
実施法は、日本に連れて来られた子どもの返還手続きを定めた。中央当局(外務省)が外国の親の求めに応じて子どもの所在を特定し、任意での返還を働き掛ける。
親が返還に応じない場合、まず間接強制をし、効果がなければ子どもを連れ帰った親の住居で、しかも親がいるときに限って“子どもの返還”が行われる。しかし、過去7件で成功例はない。
そこで今回の改正案は実施法も含め、間接強制を試みることなく直接強制に入ることを認め、親が不在でも、住居以外でも実施可能にした。
浜地雅一党法務部会長に聞く
「子の福祉」を第一に専門家との協力も必要
――子どもの引き渡しの新ルールをどう見るか。
浜地雅一・法務部会長 引き渡しは何よりも子どもに精神的な悪影響を与えないように慎重に実施されなければならないが、現在は「動産」に対する強制執行のルールが類推適用されている。これは由々しき事態だ。民事執行法改正案が新ルールを明確にしたことは高く評価できる。
――現在、引き渡しの実務では、同居の親がいる時に行われているが、改正案ではそれを不要とした。
浜地 執行の現場で同居の親が泣き叫ぶなど抵抗すると執行不能となり、親権を持つ親は泣き寝入りするしかなくなる。これでは民事司法の信頼性が損なわれる。
そのため新ルールでは同居の親がいなくても実施できるようにしたが、子どもにとって、どのタイミングが良いかなど、より慎重な運用が必要になると思う。
例えば、現在でも行われているが、臨床心理士や社会福祉士などの専門家に引き渡しの現場に来てもらうなどの協力をお願いすることも大事になる。改正案も「子の年齢及び発達の程度その他の事情を踏まえ、出来る限り、当該強制執行が子の心身に有害な影響を及ぼさないように配慮しなければならない」(176条)と規定した。さらに、執行官が子どもの手を無理やり引っ張るなどの威力を用いることも禁じた条文もある。
また、同居の親の住居以外、例えば保育園や学校での引き渡しも可能にしたが、保育士や教諭ではなく、保育園長、学校長の同意を必要としていることも重要だ。
子どもの幸せを願い、「子の福祉」を第一にした運用を政府に求めていきたい。