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2022年9月11日

都会っ子漁師 奮闘中

東日本大震災11年6カ月 
思い受け継ぎ未来担う 
カキ養殖3年目、東京出身の須田大翔さん 
岩手・陸前高田市

きょう東日本大震災から11年6カ月。沿岸被災地では漁業の復興が進む一方、担い手不足が深刻化している。岩手県陸前高田市の広田湾では、東京から移住した若者がカキ養殖に初挑戦し、地域の希望に。地元のベテラン漁師のもと奮闘する“都会っ子漁師”須田大翔さん(24)の姿を追った。(東日本大震災取材班 文=武田将宣、写真=千葉正人、動画=佐藤裕介)

陸前高田市

■いかだの上で

養殖いかだの上で作業に励む須田さん=岩手・陸前高田市

震災後に整備された高さ12メートルの防潮堤の通路をくぐると、眼前に青い海が広がった。広田半島と唐桑半島に抱かれた湾内には、カキの養殖いかだが無数に浮かぶ。

須田さんは両替漁港から、親方の藤田敦さん(57)と漁船に乗り込んだ。数分後、須田さんは、養殖いかだに飛び移り、びっしりとカキが張り付いたロープを、漁船に搭載されたクレーンに付け替える。すぐさま船上の藤田さんがクレーンを操り、ロープごとカキを海中から引き上げ、約70度の熱湯が入った水槽に10秒浸し、再び海へ戻す。須田さんと藤田さんは、呼吸を合わせてテンポ良く、この作業を朝5時から午後3時まで繰り返した。

これは、カキに付着するムラサキガイや海藻を除去する「温湯駆除」。8月から9月中旬にかけて、海の栄養をカキに集中させ、大きく育てるのに欠かせない作業だが、暑い時期にはつらい仕事だ。船上では、藤田さんの妻・博子さん(53)がサポートする。

■大卒後、移住

沖に向かう漁船で談笑する須田さん(右)と藤田さん=同

須田さんは東京都足立区の出身。高校3年生の頃からサーフィンを始め、海の魅力に引き寄せられた。ビーチの清掃ボランティアにも参加した。大学では観光を学び、旅行代理店に就職が内定。そんな時、都内で開催された漁業就業支援フェアに参加した際、“この道25年”の藤田さんと出会う。

「頑張った分だけ、自分の利益を得られるのが漁業だ」。藤田さんの言葉は、須田さんのチャレンジ精神に火を付けた。幼い頃、物づくりの職人だった祖父の姿から心に抱いていた「手に職をつける」との思いがよみがえり、家族の反対を押し切って内定を辞退。2020年4月に陸前高田市へ移住し、藤田さんに弟子入り。同時に県の研修機関「いわて水産アカデミー」でも漁業の知識と技術を学んだ。

21年10月には自分が手掛けたカキを初めて水揚げした。出荷用の発泡スチロール箱には「都会っ子若漁師奮闘中」とシールを貼り、海に生きる心意気を示している。

■津波に負けず

11年3月11日。三陸沿岸の漁業は大津波によって壊滅的な被害に見舞われた。藤田さんがカキ養殖を営む同市小友地区では、残った漁船は藤田さんの「金剛丸」を含めた2隻のみ。藤田さんはボランティアの力も借りて13年には養殖を再開したが、震災前に29人いた養殖漁業者は9人になった。

「気仙川から森の栄養分が注ぎ、波が穏やかな広田湾はカキ養殖に最高の場所。この海の漁業を守りたい」。この思いから、藤田さんは後継者の育成に情熱を注ぐ。新「金剛丸」を建造した藤田さんは「津波に耐えた金剛丸」と養殖いかだ9台を須田さんに譲った。

「震災で失ったものも多いが、震災があったから知り合えた人もいる」。海を見つめタバコをくゆらせる藤田さん。その傍らで須田さんは「支えてくれた人に恩返しができるよう、一つ一つ心を込めてカキを育てます」と笑顔を輝かせる。

【カキ養殖の作業現場を動画で紹介はこちら】

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