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【主張】大熊町「避難解除」 ゼロからの出発に全力支援を
東京電力福島第1原発事故で全町避難が続く福島県大熊町で、一部地域の避難指示が解除されることになった。
事故から8年余り。多くの課題を抱えながらも、原発立地の町がともかくも復興の入り口に立つ意義は大きい。
「これを呼び水に復興に弾みをつけたい」との渡辺利綱町長の思いに呼応し、国は引き続き支援に全力を尽くすことを改めて誓ってほしい。
解除されるのは、居住制限区域の大川原地区と、避難指示解除準備区域の中屋敷地区を合わせた約30平方キロメートル分。町の総面積約79平方キロメートルの38%を占めるが、住民登録は計140世帯374人と町全体(1万367人)の3・6%にとどまる(2月末現在)。
同町の中心部はもともと帰還困難区域内にあり、両地区は、いわば“周辺地域”だったためだが、町は大川原地区を「復興拠点」と位置付け、中屋敷地区と合わせて“ゼロからの出発”を期す。
事実、大川原地区には既に町役場の新庁舎が完成し、14日に開庁式を行う予定。帰還住民のための災害公営住宅の整備も進み、6月から第1期分50戸への入居も始まる。きのう3月31日には常磐自動車道の大熊インターチェンジも開通し、これに合わせて町の基幹道路である国道6号や大川原地区につながる県道、町道の通行規制も解除された。
事故後、町民帰還の「その日」に備えて清掃作業などを続けてきた町職員OBらでつくるチーム「じじい部隊」もきのう31日に活動を“卒業”し、本紙記者に「感無量だ。あとは若い職員に託す」と喜びを語ってくれた。
ただ、今年1月に町が行った町民帰還意向調査では、「解除後の暮らしの不安」などを理由に「戻らない」と答えた人が半数を超える。
実際、新庁舎近くに建設予定の商業施設や福祉施設など生活インフラの整備は遅れ気味で、局所的に放射線量が高い場所も両地区に残る。一部解除は決してゴールなどでなくスタートであることを思わないわけにはいかない。
なおも続く苦難を覚悟し、「新生・大熊」の創出に船出する原発立地の町の挑戦に、国は支援の手を片時も緩めてはならないことを重ねて強く指摘しておきたい。