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コラム「北斗七星」
『三人姉妹』『桜の園』で知られるロシアの劇作家・小説家、チェーホフは1887年、故郷タガンログがある南ロシアのアゾフ海沿岸地方やルハンスク、ドネツクといったウクライナ東部のドンバス地方を巡遊する◆この旅行に材を取った小説に『曠野』がある。一人の少年が羊毛を運ぶ荷馬車隊と大平原を旅する話だ。果てしなく続く平野。大空は深く澄み切って、丘の上にぽつんと一本、はこやなぎが見える……。広漠とした原野の風物を詩情溢れる筆致で描いた名編である◆そのウクライナ東部は今、戦渦のただ中にある。ロシアの侵略により、「ウクライナで死亡した民間人は5000人を超える」(国連人権高等弁務官事務所)。実際はこれをはるかに上回るだろう◆ロシアに弁解の余地はないが、ロシア兵の犠牲もまた悲惨だ。米政府は、その死傷者を7万~8万人と推計する。前線で戦死しているのは少数民族地域の貧しい出自の人たちばかりだと聞く◆チェーホフを魅了したのは、ロシア人、ウクライナ人をはじめとする、さまざまな人々が共生する大地の広がりではなかったか。まもなくロシア軍の侵攻開始から半年。一日も早く彼の地に平和が訪れることを切に願う。(中)