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2021年6月24日

日本共産党の真実とは

コロナ禍で不安につけ込む 
「日本共産党は国民の敵」 
政治評論家・森田実氏

「日本共産党は国民の敵である」と、政治評論家の森田実氏は喝破する。25日告示、7月4日投票の東京都議選を前に、日本共産党の真実をどう見るかなどについて語ってもらった。

政治評論家・森田実氏

日本共産党とは、どのような政党かを語るとき、その本質を見る必要がある。日本共産党の本質は“自分だけが正しい”“自分さえ良ければいい”“自分が成功すれば全ていい”との思想が根本にあることだ。故に、思い上がりが非常に強い。「大衆とともに」の立党精神から出発する公明党の庶民目線、大衆目線とは対照的に、日本共産党は、絶えず上から目線で、自分たちが偉い、自分たちの考えに賛成しない人間は間違っていると見る。

だから日本共産党は、自分たちの主義・主張に反するものは倒さねばならないと考える。この考え方をしている限り、争いは絶えない。争いが一番、社会を傷つける。争いを招く政治勢力は社会に害毒を及ぼし、非常に危険だ。

コロナ禍で国民の不安が高まっている状況は、共産主義や社会主義の思想が広がりやすい。国民感情につけ込む日本共産党のプロパガンダ、巧妙さに騙されてはいけない。

“共産主義社会になれば全て解決する”と吹聴し、「革命」という名の極端な“社会転換”へ進もうとする共産主義のやり方がうまくいかないことは、歴史が繰り返し証明してきた。社会の安定、安心を実現するのは中道政治が最良の道だ。そうした中道路線を徹底的に敵視するところにも、日本共産党の危うさがある。

暴力革命方針を否定せず

今の時代、人を傷つけ、不幸にするような暴力革命は誰も望んでいない。けれども日本共産党は暴力革命の方針を明確に否定していない。自分たちの“正義”のためには何でも許されると言わんばかりの傲慢な姿勢だ。日本共産党に民主主義社会の政党の資格はないと私は思う。

国民が心から望んでいるのは、平和で、安定した安心の社会だ。争いから平和は生まれない。だから私は「日本共産党は国民の敵である」と叫んでいる。

立憲民主との共闘は有権者へのごまかし

日本共産党は今、立憲民主党と手を組もうとしている。しかし立憲は離合集散を繰り返してきたから、党員がほとんどいない。根無し草だ。そこへ日本共産党が入り込んでいる。実際に選挙は、実働部隊がいる日本共産党が握っている。これは日本共産党が動かす列車が立憲の看板を付けて走っているようなもので、有権者へのごまかしではないか。

もし立憲が日本共産党の力を借りて政権を奪取したとしても、日本共産党が実質的な“かじ取り”を握ってしまうことになるだろう。それでいいのか。立憲は今のようなことをやっていたら使い捨てにされる。東欧の社会民主主義政党や共産党に好意的な政党は、共産党に使われるだけ使われて捨てられた。それと同じことが起きる。

大衆目線の公明は“都政安定の柱”

これに対して公明党は、約60年に及ぶ歴史があり、一貫して立党精神に根差し、党員、支持者が定着している。立派な党員が大勢いる。都議会では、都政安定の柱だ。

公明党は4年前、小池百合子都知事が都民に支持されているならば、小池氏が立ち上げた政治グループと手を取り、協力して都政の安定を図りたいと思った。それは公明党の健全さだ。

だが、実際にやってみると、都民ファーストの会は、議員がそれぞれ自分勝手で、いつまでたっても政党の体を成さない。これでは協力のしようがない。だから今回、公明党は自民党と政策協定を結び、選挙協力の道を選んで都政の安定を図ろうとしている。これは正しい選択だ。

公明党の予定候補23人は党創立者が示した立党精神の下に団結し、本当に大衆路線の政治を貫いている。ぜひ、都民のために全員当選を勝ち取ってもらいたい。

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