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コラム「北斗七星」
就任後初の外遊である。菅首相のベトナム訪問を前に、本場のフォー(米粉麺)を食べたくなった。足を運んだのは、昨秋、福岡市城南区に開店したベトナム料理店だ◆「シンチャオ」大将の渡辺治さん(45)は、1975年サイゴン(ホーチミン)生まれ。4歳の時、一家5人で難民船に乗り込んだ。全長25メートルの木造船に535人。南十字星だけを頼りに、暗闇の海を進んだ。東京にたどり着き、その後福岡へ。無一文から開業にこぎ着けたベトナム料理店に、両親は「南十字星」と名付けた◆苦労を逞しさで煮込んだ味が評判を呼び、一家の店は40年で市内3店舗に広がった。地元客に混じってビジネスや留学など福岡で暮らすベトナム人が集い、母国の味を懐かしむ◆だが、新規開店から半年後、そんな心の拠り所を新型コロナが襲う。客足が途絶え、閉店も考えた。前を向くことができたのは、50本に上る励ましの電話があったからだ。大将は「コロナを乗り越え、両親から受け継いだ味を広めたい」と語る。首相のベトナム訪問で両国の往来が活発になり、経済回復につながればと、願わずにいられない◆ベトナム人が好きな花は「蓮」という。環境にめげず、生き抜く姿に通じよう。一家も、両国も、来年の開花に向けて、泥の中で根を、茎を、伸ばす時である。(也)